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月にむらくも 花にあらし/こめり

表紙でぴんときた!

そういうことあんまり起こらないのに。「あ、私好きそう」と思うことはたまにあるけどたいていはずれ。
なのにこれは確信を得た、「私絶対好きなやつ!」。
あらすじでさらにぴんときた。10年ものの熟成された恋、大好き……。


と思ったらこめりさんだった~~。
『話せば長いふたりの話』もこめりさんだったの!?
えー昔の絵柄しか知らなかったからわからなかった。今の絵めっちゃ好き。

で、今回で「熟年カップルの名手」枠に入れました!
そうそうこれこれ。痒いところに手が届く、10年ものの恋といったらこれが見たかった、求めたものが与えられる。

いやもう、序盤でだめでしょ。好きでしょ。
改めて読んだけど「10年前は相手の顔が見えないときに真っ赤になってたどたどしく一世一代の告白してた」のに「10年後今のいい感じの友人距離感やりつつ目つき悪いダウナー系に育った」攻めが「ローテンションのまま急にさらっと告白」って構成うっまいな~~!
で受けも「10年前は寝たふりで逃げた」のに「ふつうの顔して「さらっと言うようになったなあ」」、、はい、好き。

鶴間がねえ、いいのよ。すき。
根暗系かと思えばふつうにツッコミやるし「大事にしまってた!」ってセックスに必死。ホカホカと顔ゆるむし。

「おいここめっさ床やん」とか日常感あふれる描写ぴかいちだよな。
書き初め四字熟語なにがいい?→落花流水、って、三木のお家背景と鶴間の熟成執着心がいっぺんに垣間みえる。

勢いで『彼と付き合う10のメリット』も読んだんだけど微妙で、今後こめりさんは熟年カップルものを見かけたら買うことにしよう、と思いました。
『話せば長いふたりの話』と今作はまじで良い。


# by jinloturu | 2019-04-22 23:59 | BL漫画 | Comments(0)  

響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~

ユーフォニアム~~~~!!!
最高だよ!!
これぞ、これぞ響けユーフォニアム!

もう、終始「ユーフォ!安心安定変わらぬ完成度!」とぶちあがってたんですけど自由曲!!!!!

ところどころ差し挟まるのぞみぞはサービスカットにとどまるのかなあ期待はせまい、と思っていたから、あんまり待ち構えてなかったですね。
リズでした決壊…………

おまえ、みぞれの愛よ。希美の覚悟よ。ふたりの愛の、後日……。
後日、来てしまった。
みぞれソロあまりにも主役。
ぼろぼろに泣きながら考えていた。
今回はのぞみぞの話はもちろん全然見えてこなかった。(原作と違って)久美子はふたりのことを塵ほども把握していない。
そのことが、なんと『誓いのフィナーレ』の重奏感をいっこ成立させていると思った。

コンクール。すべての事件が、すべての感情が一極に集積し昇華する場所。
美玲の自己嫌悪も優子の気負いも求くんの後ろめたさも秀一の諦めも加部ちゃん先輩の苦悩も奏の闇も全部。
観客が見たひとつひとつの揉め事をきっと知らない部員はたくさんいるし、同時に他にも数多発生しただろう事件を私たちは知らない。

でも、希美とみぞれのことは知っている。知っているのに描かれない。
描かれないのに絶対的な存在感を匂わす希美とみぞれの感情を想像しながら見るということは、他の様々な人間の様々な感情を想像することと同義ではないか。
そういうことを考えていた。
それが北宇治高校吹奏楽部という場所なんじゃないか。


今回見てて思ったのは、ユーフォって人間の多面性を描く物語なんだと。
裏テーマとかっていうより、吹奏楽部内の人間関係を描こうとしたら必然的にそうなる。

気負いきってしっかり者の部長になった優子が、香織先輩が来た瞬間「後輩」に戻ってしまったときに思った。
こういう部活独特の上下関係のみならず、例えば夏紀の激情を私は知らなかった。
(おまえこんな厄介な問題自分に抱えながら希美のことでろでろに甘やかしてたのかよ……)
秀一といかにも高校生的な青春恋愛をやった次の瞬間には麗奈とまるで共犯者のような結びつきを声に乗せる久美子。

距離があると思われた美玲は本当は輪に入りたくて泣く不器用さんだったし、気むずかしそうに見えた求くんは緑輝にだけ崇心を隠さない。
声優さんも楽しいんじゃないかなこの作品、とかって思ったりする。一人の人間の色んな側面を表現するから。


そう、だからユーフォはいつだって感情のピークを「本音の暴露」に持ってくる。

感情を、上手く表せなかったり隠したり特定の人の前でだけふいに出すことができたり。
そんな人間の心を『響け!ユーフォニアム』は自ら暴かせる。泣きながら。怒りながら。昂りながら。

だから今回は奏というキャラクターが久美子にぶつけられた。
奏の本音を引き出すために、久美子の本音が暴かれた。
あすか先輩が久美子に投げかけた手痛い問いへの答え。傍観者として安全地帯にいたままでは得られないもの。
ユーフォは本音の吐露が絶対的キーポイントになる作品だ。ぶちまけられることで理解が深まり、揉め事はたいがい収束する。

結構な楽観主義ではないか。(武田綾乃さんは単純な性善説でもないと思うが)
そこが『リズと青い鳥』との決定的な差異だ。希美とみぞれだってユーフォの文脈では「みぞれの本音が暴かれたことにより希美の誤解が解け、すれちがいがなくなる」だったのだ。



お前を待っていたぜ久石奏……!
原作はパラ読みした程度なので、漏れ聞こえくる奏のヤバさはアニメでお目にかかりたいなとわくわくしながら待っていたらこれだよ。
美玲のことけしかけてたの、美玲を矢面に立たせて検証材料にしたかったってことなのだろうか?恐ろしいな。
しかし全国まで行く吹奏楽部が実力主義を採用せずに1年をやっかむなんて妄言どれだけ人間不信なんだ……。いや、美玲と低音パートの距離感を見て色眼鏡から「やっぱりここにもあるんだ!」と早合点してしまったのか。

「塚本せんぱぁい」とかいじって先輩との距離を詰めようとしてくる後輩、いる……!
だがその先輩、去年空気読まずに1年でトランペットソロもぎとった先輩と引力で結ばれてるんだよなー!
知らないだろうけど!多面性!
「奏ちゃんを守る」って言葉、マジもんだからな……本気でこいつ去年「裏切ったら殺してもいい」って愛の告白した女だからな。
相手が悪かった。いや、よかったな……。


からの、「悔しくて、死にそう」はフィナーレにふさわしい最高のまとめだった!
矛盾するようだけど「そして、次の曲が始まるのです」で締められても違和感がない。
あーもうすっごいよかった。さすがです。



なんだろうなあ、こんなにエピソードがぎゅっと詰まってて、次から次へと揉め事が起きて、なのに駆け足感がまったくないの。
感情がわかるの。
もはや私はあすか先輩が登場しただけで泣くような終始涙腺ゆるゆるだったので。
優子、優子おお! あの一瞬に、その後の演説に。
自分は気負いすぎたからって久美子に次のバトンを託した優子を観客みんなにわかってほしかった……!
夏紀もさあ、希美に奏に優子にと気を遣いまくりじゃん!? あのとき優子の隣にいられたのは夏紀だけなんだよね来場特典カードはなかよしかわでした。
そりゃあみんなの前で愛を返すよねデレ優子。

原作チョイスと演出と編集、これがいちばん京アニの信頼してる部分かもしれない。
だって「え!?漫然とエピソード並べ立てただけ?軸が見えない!」ってなる商業作品いくらでもあるじゃん、京アニ、そういうのに遭遇した覚えないんだよね。自分に合わないとかつまらないとかはあっても。
作画はもちろん信頼というかなんなんだろうあの矜持は。ブラッシュアップされてくたゆまぬ努力が。



そしてですね、原作をパラ読みしてたのでヘテロがくる覚悟はしてたんだけどまさか初っぱなから告白とは恐れ入ったよね。
急激に気が削がれたが、まあ見てのとおり持ち直したので。
みかん飴はにやけるし、ていうかあの張りつめたふたりだけの世界なに!?一瞬に詰まった引力、貫禄がちがう。
原作ラストがこれからヘテロ始まるよ!秀一にフォーカスされて終わるよ!って感じだったのでCパートに戦々恐々していたのだが、別れたまま終わってよかった~!!フィナーレ!!!

しかしまあ、のぞみぞはもう久美子の目の届かぬところに行ってしまうということで、『リズ』その後しかもコンクール本番が描かれてしまっただけでもしばしおっもいのだが、それすら思い出となりふたりの人生が遠くになってしまうのはやはりさみしい。もやもやする。
あんなにも愛を羽ばたかせたオーボエ。「支え」たフルート。
確固たる意思を湛えた決意しか読み取れなかった、そのなかの感情は、見せてくれなかった。ああ、全部は見れないのが、ふたりなのだ……。


# by jinloturu | 2019-04-21 00:58 | アニメ | Comments(0)  

あちらこちらぼくら3巻/たなと

もうね期待しまくりでしたね.Bloom移籍したって聞いたからね!!
ありがとう~~!!

いまかいまかと待っていたのだけど、まさかの3年後。
えっいま本誌でなれそめ編やってるんですか!?
小憎い~~~。
悶々と数年考えた挙げ句にラブレターをしたためたということでよろしいか。
ああ、真嶋は浪人・在学中に彼女をつくっていたというのに園木はウイレレを見ながら徐々に自覚していったのか……。

ていうか家でふつうにスキンシップしてらっしゃるのですわですけど!
い、いやあこれだけ溜めに溜めて満を持してくっついてもらうと感慨深さもひとしおだ。。
ちゅうしよるよ真嶋……。ひええ。は、はやく情事を読ませてくれ。


しかし1巻丸々ほとんどすれ違いだった!
このじらしっぷり。
そして園木に嫌われまいと勉強頑張る真嶋のいじらしさよ。
全編「互いがいないさびしさ」で埋まっている。
だからこそ真嶋がいちばんに弱ってるときのハグは、ハグはさあ~~!

「弱ってるときにハグしてそこからふたりの仲が縮まる」BL、よくあるじゃん!?
「他人といるところ見て嫉妬してナニコレと戸惑う」とか「相手の家行ったらエロ本ないか探る」とか(余談だが私はBLのこの手の便利シーン、ネット時代の今描かれると萎えるので本作の塩梅が好き)とかこのあるある感を、しかし丁寧に丁寧に皺を伸ばすように織り込むから、独特の空気感になる。

けっこう会ってない期間がそれぞれ長いんですよね。いけずぅ。。
たなとさんもこれをBLにするか迷ってたのかどうか知らないけど、修学旅行で同じ部屋になったのになにも起こらない、みたいな焦らしかたをするから新鮮みがあってわくわくが後ろだおしになって焦らされる。


基本的に大きな出来事ってなくって、淡々としてるのにだんだん互いの存在が当たり前に必要になっていて、っていう過程だけで推して面白いっていうのは技術だな。
「真嶋と物理的距離が近いのを学校内の友人は誰も指摘しなかったけど予備校で初めてふしぎがられてやっぱり変なのかと自覚する」みたいな細かい描写がね味わい深くて好きですね。
だってこれほんとに誰も気にしてないもん。3巻かけてずっとスキンシップしてるのに。
この溜めの長さが『あちらこちらぼくら』の魅力なんだと思います。

ああ~~~なれそめ編と大学編と新章全部見たい!
ここで思いきりBL文法になっても面白いし、そうなるならそっちから読みたかった。そして、「えっ3巻かけてくっつく前の高校生編が描かれるの!?」って感動したかった。


# by jinloturu | 2019-04-21 00:56 | BL漫画 | Comments(0)  

バリキャリと新卒/えすえす

うーんまとめて読む作品ではないなこれ……。

大人百合にしてはお仕事描写があった。
ひたすらデスクワークとかなにを売ってるかもわからない営業とかよりは細かくてよい。
だがそこで勝負するんなら既にあるお仕事ものBLと比較しなくちゃいけなくなるんでな。
お仕事しつつ恋もしつつ、で完成度の高いBLいくらでもあるので。(完成度の高いお仕事異性愛もそれこそドラマなどにいろいろあるんだろうが興味ないので言及できない……)
まあ、お仕事百合は黎明期と捉えるべきかな。
なにせまだ学生だけでない幅の年齢がきちんと需要されはじめたのもここ3、4年だしな。

そして「女が男社会で仕事するとは」みたいになってそれはそれでつらい。お仕事BLにはないやつがお仕事百合では通らざるをえなくなるのが……。

で、その描写もすごい雑なんだよな。雑っていうか、作者の力量不足?
「ネットの煮こごり!」って作中戯画化してたけどまさに。
まあネットの煮こごりをこうして可視化してまとめた点に文化資料的価値はあるかもしれないけど。
ただ「あるある」台詞を並べただけで「こういう男いるいる」とまでは思えないのが致命的。

肝心の百合ももっと風俗キャストと客っていう過去を使ってほしかった!
いや~~性産業従事者をスティグマ化しない、みたいな信念は見えて信用できるんだけどね。
そう作者の価値観は信用できる。
「百合と男」観点から見ても、なにげに意識的に「ミソジニストを出すぞ」と決意してる作品てそんなにないし。「嫌な男」「百合の邪魔をする男」はいても。
ただ関係性が即物的で萌えられなかった。


# by jinloturu | 2019-04-21 00:55 | 百合 | Comments(0)  

キャプテン・マーベル

68点だナ。
いや面白いは面白い。
総合点では高いが突出したものが感じられないのがかなしい感性。卒がない。
「アジアの女の子の心を映した映画」じゃないからだろうか。(かなしい感性)
『オーシャンズ8』みたいに一言ぶっ刺さる台詞でもあればまた評価は変わるのだが。


「強い女」アイコンに惹かれないんだよな。
じゃあなんで観たか。「主人公が今まで描かれてきた強い女よりもぐっと身近な普通の女だ」という話を耳にしたから。
それでもまあ強いんだろうとは思ってたけど、ヒーローを描く最新の物語がどう「普通の女」を写し出しているかだけ確認しておこうと思った。


過去さまざまなキャロルがみじめに転びながらもそれでも泥臭く立ち上がる瞬間。
これは泣く。
こういうのがねえ、好物なんですよ。主食。
絶望して何度も叩きのめされた女がぶるぶると力を振り絞って立ち咆哮する瞬間が。
好みで言えば、その瞬間に叫ぶ女が好きなのだけど、台詞を用意しない、目で、演技で語らせる熱さが光っていた。綱から滑ったシーンのキャロルの子の目、昂りませんか? あの一瞬の演技すごいとおもう。

しかしまあ、「必要以上の説明をしない」はこれもまた主食なはずなのだが、なんだろうどこかこのスタイリッシュになってしまう感じが肌に合わないのか。
余剰が好きで、咆哮するような余剰を感じたかったからか。
好みの話だ。


というわけで、予想から大きくはずれない「普通の」「強い女」でした。いやめちゃくちゃ強いじゃん。

ラスト元上司がうだうだ言うとこ無言の一撃は笑った。
しかし男に嗤われ、侮辱され、軽んじられていた女がその怒りを発散しスカッとするみたいなストレートさはそんなに爽快じゃない。
なんか「最近の洋画はフェミニスト臭がして嫌い」とか言うつまんねえ男みたいな感想を抱いてしまったが、男を蹴散らす作品じゃなくて男が侮辱される作品が好きなのだよな。
そう、ぐだぐだと並べたてたが、ただ余剰を含まないストレートな書き割りに惹かれないだけだ。(大衆映画向いてないのでは?)


惹かれない、好きではない、ということと、面白くない、というのはちがうのですが。
だから68点ではあるのだ。
たしかに面白いです。(前日の寝不足のため途中負けて寝ちゃったけど。つまらなかったからではない)


# by jinloturu | 2019-04-21 00:53 | 映画 | Comments(0)  

21世紀の女の子

初っぱな『ミューズ』で殴られた。

いや、最初は、方向性がわかってから「登場人物に感情移入できないまま女の悲哀見るの厳しいな……8分てなかなか短い」と思っていた。
女の感情が浮いてしまう。
「ばかだとおもったでしょう」
「頭がいい人だとおもった」
なんというか、まあ、想定の域を越さない。
しかしラストに挿入されるふたりの笑いあうカット!
泣くとは思わなかった。
よ、よわい。失われた女の蜜月がきらめく瞬間、よわい。
あなたとわたしだけの。
そしてタイトルバック『muse』ガツンときました。


興奮もしていた。わくわくした。21世紀の女の子がはじまる。女の子たちのわたしたちのわたしたちだけの物語がいま始まる。
『ミューズ』を見ていて「どまんなかのアンチ『女の子を殺さないために』だ!!!!男の物語で若く美しいまま殺される女が語りを得た!!!各話共通するんだろうなアンチ『女の子を殺さないために』!!それでブログ書こうか!!」と先走った。



そうしたら、わたしだけの、一度きりの映画体験になってしまった。

最初は次の話『Mirror』の違和感。
「私が好きなのは女じゃなくて……あなたなの」
そんなJUNEみたいな……BLで散々批判されてきたやつだぞ……。
(いまちらとネット記事を見たけど、「女性監督と呼ばれる違和感を形にした」からその台詞になったのか……その延長線で女が好きな女を踏んでると……)


でも、これは女の感情の話だった。
女が女を求めて、その上で裏切りも愛憎もある話だった。

『恋愛乾燥剤』。
「あ、やっとヘテロきた、いいよ、ヘテロも。ありでしょう、恋愛への不適合さだし」と余裕ぶってたのもつかのま。

『I wanna be your cat』。
ん???? これはなに????
「セクシュアリティまたはジェンダーが揺らいだ瞬間」はいずこへ????
超~~~~~~~~ヘテロじゃん。

それでもまだなんか、山戸結希的な世界観を信じていた。
「投げっぱなしで落ちのない自己陶酔的な作品が多いなあ8分縛り厳しいな」と思っていたから『愛はどこにも消えない』のストレートさも響いた。


しかし急激に冷める。
その違和感のピーク、『セフレとセックスレス』。
なんっっっのひねりもねえドヘテロファンタジー……。
「最初はイキまくってた」からの「先月彼女と別れた」からの「彼女がいると思ったから感じなくなってたの」……。
「ずるいよ」、ドン引き。なにしろ役者さんもうまいので。

はっきりわかった。
ああ、私が履き違えてた。女の地獄を芯から感じとってる女たちの映画では、ない。
ヘテロ神話に異を唱える女たちの映画でもない。
異性愛者の女は男を求めてるんだ。

人のいない映画館(を選んだの)で、真うしろの席で女性が泣いていた。
まじで?泣くの?『恋愛乾燥剤』であんなに繰り返しカリカチュアされたヘテロ恋愛神話を冷めた目で見ない女も同じ映画を見てるのか。

そうか。

『粘膜』、女ふたりでセックスすればいいじゃん、でもそういう話じゃないんでしょう。

そうか。
いや。
満足ではある。
突出して興奮したのは『ミューズ』だけだけど平均値は超高いし、最後に山戸作品が来るのならば、おおむね満足できる。
でも、ヘテロファンタジーが、あるのだなあ。



と思ってたらきっちり最後に『離ればなれの花々へ』かっさらっていきましたね。

孤独!!!!
そうだ。そうだった。私は孤独だった。私たちは離ればなれになるのだった。



上映終わってからやっと理解した。
共通するテーマは「孤独」なのだ。
ジェンダーやセクシュアリティがゆらいだ瞬間、私たちが女としてゆらぐ瞬間、それはいつだって孤独なのだ。

してやられた。

『ミューズ』、私を掬ってくれる映画だった。
私を理解してくれる映画だった。だからあなたとわかりあえると思ってしまった。
でも早々にそうではないと言われた。
女を欲望する性欲すら男性表象に仮託しないと表出できない女(『君のシーツ』)だって出てきた。
ああ、それでも『愛はどこにも消えない』みたいな、ヘテロであっても普遍的な私も共感できる感情でつながれる。
しかしその瞬間裏切られる。

すなわち、孤独だ。
人とかかわるほどに孤独になる。まさにそういう、つながりあえない女の、わかりあえない女の、一瞬だけつながれたと思ったら瞬く間に幻想だと悟ってしまう私たちという孤独の映画だった。

そんななかで唯一孤独が解消される欺瞞を『セフレとセックスレス』がやっていたから嫌悪感があったのか。
……しかし、裏を返せばこれも、非常に願望あふれるというか、いやそんなうまくいかんだろというファンタジーだからこそ、どこかの女の子の孤独を救うのだろう。
あまりセックスが出てくるタイプの少女漫画を読まないのでそのへんはわからないけど私の感覚ではBLでよく見るな……という感じ。


それを統括する山戸結希よ。。。
山戸作品でさえ、「母と彼が愛した形としての娘」価値観に、すこしひやっとするのだから。


一回こっきりの映画体験でした。
こればかりは今回の上映順で見てよかった。



さてさて各話感想。順番覚えてないよ。



『ミューズ』
あまりにもわかる!!
さっき言ったとおりアンチ『女の子を殺さないために』だ。
女の子が死ぬ。ただ、死ぬ。
若く美しいまま人間になってほしくないわがままで殺された女たちの。

『Mirror』
カメラマンつづき。
ファインダー。山戸監督の言葉を思い出す。
「鏡を持つ手がカメラに変わった」女の子。
登場人物がみんな女なことに安心する。
キスと、シャッター。わかりあえない瞬間。作品になってしまう。
ここで終わるのか、まあ、うん。

『out of fashion』
先輩がいささか戯画的。
創作することの話。孤独になっていく、慣れていく。
この主人公の子すごいモデル映えする顔!!当て書きか!?

『回転』
前三作がモノローグつづきで、山戸みというか文学かぶれみたいなテイストだったのでこのキャッチーな画面づくりは新鮮でおもしろく感じる。
女たちが中華テーブルをかこって回転する少女。
男にさらされる女の。女たちのいやらしさの。
少女につらなる女の歴史とかいう感じか?
消化不良!

『恋愛乾燥剤』
もう、カリカチュア! カリカチュア! 三昧!
画面はおもしろい。
けどキャラクターがステレオタイプ的。金髪サブカル男とか不細工ご近所とか。
特にそうである必要性はないけど薬局に寄るきっかけとして生理を使うか~~。
水に色を落とす画面はやはりおもしろいが。
乾燥、自分ばかりして相手はできない話なのか。

『I wanna be your cat』
まじでよくわからなかった。ひたすらふたりの演技うまいなというだけ。
男を求めるが男に拒絶される話、たのしいか?

『projection』
伊藤沙莉さん見るたび美しくなってる!
なんか、わかるような、わからないような。
さみしくて孤独な女たちが奥底で分かち合えるような映画??

『愛はどこにも消えない』
おおお、編集もうまい。
テーマが見える、たとえ男を求めていてもこの失恋の心象風景を切り取れるのはすごい。
これは『ミューズ』『離ればなれの花々へ』以外で唯一泣いた。私の恋も、愛も、消えてない。すべての失恋し女の子へ捧ぐ。


『君のシーツ』
セックスだ……。
ど、どっち……??
結局ヘテロに終始する話か? 女を求める話か?
……女を求める話だった……。
しかしまあ男に仮託するなよ、が結局の感想。

『セフレとセックス』
前述したとおり。
ふたりの独特な空気感はこの短いなかでよく出せてた。
ペディキュアぬりぬりとか。

『珊瑚樹』
あー、そうそう。これ。
こういうのみたかった。
こういうのみれると思って来た。
女が女を求めるだけでない。女を求めるから、愛した「女」は「女」を拒む。
「はるといると自分が女の子になったみたい」。
キスしたか~。

『reborn』
やりたいことはわからんではない。私の孤独は埋まらない。人と人はわかりあえない。わかると言ったそばからこぼれていく。
でも魅せ方描き方が淡々としててつまらないな。
上埜すみれさんだ!と思ったら、『あの娘が海辺で踊ってる』の助監督さんだったのね。

『粘膜』
あー、ふつうにセックスする女ね。
でもいまとなっては別に新鮮というほどではなく。
まじそんな男とセックスできなくて干からびるくらいなら女としろよ感。

『離ればなれの花々へ』
なに?これ言うことあるか??
2時間座ってた甲斐があった。
鬼気迫る過激派。
世界の革命者。けして楽観主義ではない。
私が世界を変えてやる。女の子のための映画を量産してやる。
あまりにもストレートな独白。
宣言だ。世界に受けて立つ。その証明としての今回の企画。やっばい、としか言いようがない。
でも今回思った。
山戸映画が普遍性を獲得してるのは山戸映画だからだ。「わたしにも同じ地獄がある」と多くのひとに思わせる力が卓越している。これは山戸結希にしかできない、できなかった。

エンドロール
私たちの孤独が、分かち合える日が。
やさしく希望に満ちている。
しかし、死ぬのか?

ほんとうに、あとにつづいてほしい。半分の映画が女の口からでますよう。


# by jinloturu | 2019-03-05 00:22 | 映画 | Comments(0)  

宇宙よりも遠い場所

これは秀作。
これだけ絶賛されるのもわかる。
ただなんか私の好みではない。痒いところに手が届かない。のが、さみしくなるくらいには丁寧に作り込まれていた。

地に足ついている。

「ここじゃないどこか」。
雑な史観であることを一応断っておくんだけど、70年代の「ここじゃないどこか」は憧れの地欧米だった、80-90年代は精神世界だったから「ここじゃないどこか」が求められた、00年代はそんな場所どこにもないとニヒリズムがあった。
だから2018年、そこに「南極」を代入できたのかなって。
雑史観はさておき「異世界転生」がブームになった10年代の中で「ここじゃないどこかを南極に設定しました」とは実に現代的な描き方だと思った。


名言がふつうに名言である。
11話「人を傷付けて苦しめたんだよ。そのくらい抱えて生きていきなよ。それが人を傷付けた代償だよ!」とかもそこで啖呵切らせるのも現代っぽさ。
12話「人なんて思い込みでしか行動できない。けど、思い込みだけが現実の理不尽を突破し、不可能を可能にし、自分を前に進める」とか好き。

南極第一歩の「ざまあみろ」とか母からのオーロラ写真メール「知ってる」とか、台詞回しが秀逸な良作は見てて気持ちがいい。
6話「気にするなって言われて気にしない馬鹿にはなりたくない!」とかね。

日向のやさしさ。自分の失敗をなんでもないふうに乗り切ろうとするとこういう声になる子なんだな~というのが演技で伝わってくる。
報瀬ちゃんの「見かけによらず」なキャラクター性も生き生きしている。自分が一番南極行きたいくせに作戦実行は嫌がる卑小さとかさ、「言いたい奴には言わせておけばいい」けど「デマは許せない」というどこに一貫性をつくるかとかさ、それぞれ多面的な人格の描写が抜群に上手い。

キャラデザもよかった。
鼻穴あるし、乳袋がない……走るシーンでも揺れが現実的な胸、これだけでノーストレス。風呂シーンに性的な視線がなく、会話も互いの裸体に言及したり意識したりすることなく終わる。女体であることは当たり前に日常である。
それだけで緊張が弛緩する……。
ミスリードながら唐突にモブに「好きです」と告白された女子高生の反応がガチドン引きの「……ひっ」なのもよかった、赤面しない。そいえばなんだかんだ鮫島さんと付き合うことになりましたエンドじゃなくてよかったな……ほんとに……。



しかしねえ。なんだか今ひとつ刺さらない。
なんだろうと思ったら、切望と努力がないからだ。
たしかに報瀬ちゃんでそれは描かれるけども、基本的には大して乗り越えることもなく苦労した末の報酬が与えられるわけでもない。
そういうアニメではないから。
期待してたものからズレが生じて、求めた期待が実らず宙ぶらりんになってしまった。
少々涙腺刺激されるシーンはあったのに「なんか違うな……」感が最後までぬぐえなかった。かなしい。琴線に触れなかった……。
よりもいよりぜんぜん評価されてないし実際総合的な出来も数段劣るけどわたしはアニメ版『こみっくがーるず』のほうがバシバシ刺さったのですよね……女子高生が集ってなんかやる深夜アニメとして比較すると。

普段女子高生がなんかやるアニメのあまりの善人ぶりに多少なり違和感を抱く側ではある。
人間的な嫌な感情やエゴがあふれてくるがそれでも善性を選ぼうとする高潔さが描かれる作品が好き。なのに、まさにそれを描くよりもいが響かない自分に戸惑った。
でもね、あのね、思ったけど、好きだからこそもっとじっくりねっとり炙り出してほしかったんだ、エゴ……。めぐっちゃん……。



だから正直主役たちにあんまり関心がない。大人組の話のほうが断然気になる。
資金繰りとか夢と挫折とか死のにおいとかリベンジとか訓練とかスポンサー集めとか旅程とか子供を連れてく親心とか見たいな~。
大人百合~~~~~~!
「吟と貴子の娘には敵わない」、「あやっぱそういう世界? 父出てないもんな」と思った程度には百合脳なのでほかの解釈がありうるというの検索するまでわからなかった。

報瀬ちゃんが最後にパソコンを吟に渡すシーン最高。
「私には必要ありません」、つまり、吟にはまだ必要なんだよ……! 後悔と執着と。報瀬ちゃんは母の死から解放され前を向く。でも吟は主役じゃないので完全に晴れることはない。
そう、前を向いた娘に球打たれてさえ!! 「ざまあみろ」に救われてさえ!!

何度もリフレインする貴子を呼ぶ叫び声にそのたび胸を打たれた。「きれい……」無線のシーンがいちばん好きですね。。
何度自責したろう。どんな覚悟で隊長に。貴子の娘を連れてく緊張と不安がもっと見たかった。




一気見する仕様じゃないな。一週間ごとに見るから余韻に浸れるんだろうな。
「ざまあみろ」とか12話ラストのメールボックスとかうるうるしたけど、毎回起承転結あってほぼ毎回泣き所つくるから正直乗りづらかったですね。

結月ちゃんについてですが、個人的に勝手に推しを重ねてしまう。
仕事に忙殺されて満足に友達と遊べなかったタレント。つらい。
……でも、私の推しは、人懐こくて誰にでも愛想よくて学校でもすぐ友達できるんだ……人付き合いがうまくいかず有名人ステータスとしてしかすりよられないステレオタイプやだなあ。高校中退キャラを作るなんてハズしやって好感だったのにな、と思ってしまって自分のなかのリアリティーラインが整合できなかった。
そうそう、作品自体には性的視線がなくて心地いいのに、作中では女子高生の性的価値を当然に前提としていて本人たちも内面化してて、あまつさえ大人ポジションの吟までそういうこと言ってて倒錯がすごい……。
保奈美さんとかあの媚び媚びの色気で「恋愛に興味ない」とかさ! やってるのにさ!
そういう微妙に一貫しない作品でしたね……そう考えると南極行き切符獲得エピのありえなさも「地に足ついてるのにやっぱりそこちぐはぐじゃない?」と思えてくる。


ここじゃないどこかはどこにもない、夢見たどこかはただ現実の地続きだった。
辿り着いてしまえば幻想は霧散する。
「南極に来たら泣くんじゃないかって思ってた」って聞いたとき、えっそこまで言及するの? すごくない? って思った。
幻想の崩壊、現実は現実でしかないことを突きつけたのかと思ったから。が、ちがったな。

# by jinloturu | 2019-01-30 13:38 | アニメ | Comments(2)  

その日、朱音は空を飛んだ/武田綾乃

信頼できない語り手ばかり……!
感想!長い!

ずっと夏川莉苑について考えていてやっと噛み砕けてきた。
「いじめ」を抱えているのかよ……。
そこだけ唯一おばあちゃんの教えに背いたかもしれない夏川莉苑の汚点がアンケート結果なのか。

好奇心と、復讐心。どちらもたぶんある。
復讐ってなにに対する復讐なのだ? というのがまずあった。読み込みが浅かったので……。
「世界は生きている人のためにあるべき、なのに、死人が生者の世界を乱すなんて許せない」という復讐なのか。
死んだら復讐できない、生きているうちにしか。その生きている瞬間だけが、チャンスだった。

でも、人の心を踏みにじった夏川莉苑、正々堂々とやったのが最善の選択ということに迷いはないけれど、でもフェアだっただろうか? あの場面で人の心への復讐は、果たして「いじめはだめ」との教えに背いてはいないだろうか?
……という解釈でよろしいか。まあそう思っておく。
そうであるならば夏川莉苑おまえは罪を背負った子供にならねばならない。
自分の罪を反芻して、おまえだけが──高野純佳でさえ解放されるのに──朱音を忘れずに生きなければならない。
夏川莉苑、おまえは憎き死人に乱される。じわじわと。生きているのに。生者のための世界にいるのに。

……いやアンケートさえなければこれは完全に夏川莉苑勝者だったのに……。
夏川莉苑自身はただ純粋に答えのない問いとして沈思黙考してるに過ぎないとしても。(決意したとて、いつまでも子どもでいられるだろうか?)

好奇心においては完全勝利を収めているか。
人が死ぬときに見る夢を。
あるいは朱音が描いた出題意図とは別ルートの解法を。
ドクゼリの夢を見せるために! 出題者に「解けたよ!」と見せびらかしたい無垢な子供。



いやーなんかね、このまえ『十二人の死にたい子どもたち』を読んだんですけど男女キャラの配置が引っかかるったら。女6人中3人ヒステリーて。
せっかく面白い謎かけなのにな~と。いやこの作品に限ったことではないのですがもちろん……。

だから男がひたすら「侮辱」される作品読むと癒されますね……。
中澤あけすけミソジニストすぎてもはや楽しいですが、中澤のような男にとってなにが侮辱にあたるかといえばもちろん女に相手にされないことなわけで。自分の優位を保つには劣等種たる女が必要だから。
通常なら中澤は男の中でも優位だから劣等種なんか気に留めなくてもいいはずなのに、塾講師に反抗したばかりにおまえの生殺与奪は女に奪われたのだ。
夏川莉苑にも川崎朱音にも細江愛にも最後に桐ヶ谷美月にも!
並べるとすげーな。武田さんどれだけ中澤の鼻をあかしたいの……大好き……。


だからねー!!私はだんぜん愛が好きです!!
もう、もう、もう、私は、男作家の小説の中で描かれる細江愛のような女が、大嫌いなのだ。

美人でケバい→頭からっぽのバカ
美人でケバくて女にあたりが強い→女コエエ
美人でケバくて女にあたりが強いが男とは仲良し→本人は純粋なのに女には嫌われるかわいそう俺が守ってやらねば
美人でケバくて女にあたりが強いが男とは仲良しでたったひとりの男に純情→"そんな女"を支配した俺

どこを取っても男を慰撫する造形になる。
主人公でないのにそういう女を女と付き合わせたの最高では……?
たったひとりの男に純情で別れの往生際さえ悪かったのに「別れたときは悲しかったが今の愛に彼は必要ない」とばっさり。
これだけでも充分気持ちいいのに図書室で美月が愛の腕に絡んで中澤を牽制、そして愛がそれを「可愛らしいなあ」と言ってるのがもう……こんな感情……女しか共鳴できないじゃん! 正直ここのシーンに限って言えば恋人でなく友情関係ながらにそういう牽制と悦があっていてほしかったと思うほど。
中澤の章で愛の薄っぺらなテンプレ女像が描かれれば描かれるほど、「しかし今は女を求めている」落差がたまらなく小気味いい。
男性作家の目に映るテンプレ女への批判にもなっている。女はほんとうはもっと豊かなのだ。
中澤の章へ行く前にすでに愛の肉づけは完了している。
主要女キャラがみんな美人設定なの、男への復讐ですよね……。
男が手に入れたがる「価値ある」女が誰も男に目を向けない、ざまあみろと。

しかし私は異性愛予防線に抜かりない悲しい業を背負っているので、中澤目線でまだ未練があるかのようなそぶりをした愛への警戒がとれなかったりした。章題でほっとした……。
だって美月のことは好きにやらせてるだけで本当はまだ中澤が好き……って解釈にする、女テンプレート異性愛マグネット、よくあるじゃないの……。この社会を信用していないので。まあ、よかった。




『女の子を殺さないために』(川田宇一郎)を相手どって叫びたい。
これが女が女を愛する世界だ!!!!
女は「殺される」客体じゃねえ!女は女を殺すし女は自分を殺すんだ。
『その日、朱音は空を飛んだ』、見事に『女の子を殺さないために』のカウンターをやってのけた。

以前まとめたフィクションの中で女の子が殺されるメカニズム。

女の子が落ちる(しばしば男とのセックスによって処女でなくなる)
女の子がママになりゆく
女の子が殺される(死ぬ/消える/去る)
女の子がママとして周縁化されずに包囲網を突破し世界のしがらみから解き放たれる(ことで受け手の解放への欲を満たす)

あはは。
ていうか、フロイトの理論が特定の地域・時代でしか通用しない概念だったように、『女の子を殺さないために』も特殊の条件下にしか適用できない理論なんだろう。
その条件とは「男社会」である。
だって女の子を殺さないために、だもん。誰が殺すの? 女の子じゃない人でしかありえない。ここでは男だ。

殺される女の子の痛みと叫びを描いたのが山戸結希だとしたら、武田綾乃は殺される女の子の残酷な"真実"を描いた。
このふたり、女が女を欲望すると知らしめたこと、元来美しく象徴化されてきた殺される女の子に語る口を与え生身を暴いたことが共通している。

第一章で意図的にベタな「女の子が殺される」物語解釈をやってるんだよね。
朱音が中澤と付き合ったから中澤を好きな純佳が嫉妬して朱音を自殺に追い込む。
世界の中心は男。
朱音は男によって処女でなくなりママに近づいたので落下し、ピュアな魂が最大限に崇高化されるように死して、この世の呪縛から解放されるカタルシスを得る。俺のこと大好きな若く美しい女のままで死んでほしいからね!!!

もちろんそんな陳腐な話ではないことは最初からわかっている。
カウンターなのだ。
二週間かそこらの交際期間でさすがにセックスまではしてないかな……。してたら中澤が地の文でさらっと愉悦しそう。細江愛のときのように。でも朱音の必死さからいってしててもおかしくはない。どちらにせよ本作は「男の手によって処女を失ったことでママになりゆくから死ぬ」物語にはならない。
おまえは女を愛する女の駒だ。

ママになっていかないならしがらみ化(おばさん化)する心配もない処女。処女は処女のまま美しく、男にとって価値がある。にもかかわらず死ぬ。
『女の子を殺さないために』では「なぜ女の子を落下させたがるのか?」と問いを立て「この世のしがらみから解放されるには落下するしかない、落下できるのは女の子しかいないから」と回答しているが、これも、男の(あるいは死を身近に感じたことがない者の)手前勝手な幻想に過ぎない。殺される心配がないから死をロマンティシズムにできる。まあ、骨子としては落下させるだけさせて殺さないラブコメをやっていくのが女の子を殺さない秘訣だよ、という論ではあるが。

閑話休題。
『その日、朱音は空を飛んだ』は、「崇高な目的に耽溺して落下し愛のために死んでいく女のロマンティシズムを粉砕する」話だ。
解放されるはずがない。
朱音に語る術が与えられなければ暴かれなかった"真実"。
かつて物語に殺されていった女の子たちの、生身の声。
ロマン、カタルシス、堕落論といった陶酔では生身の人間の死を捉えることなどできない。

「彼らはドラマチックな物語に飢えている。朱音の死を単なる娯楽として消化しようとする他人たちに、莉苑は強い嫌悪感を抱いた。川崎朱音は名前のない少女Aでは決してない。そのことを、どうして理解できないのだろう」

夏川莉苑が露呈させたのは女の子が落下して死ぬという過剰に甘美な物語への嘆息だ。処女を失いママになるから落下してしがらみから解放される少女Aなどどこにもいやしない。

こうして『その日、朱音は空を飛んだ』は『女の子を殺さないために』が想定しえなかった隙を突き、女の子が殺される物語を解体していった。
というか、女が死ぬ話を女の視点からやろうとしたら男社会の論理は解体されざるをえないんだよな。どう足掻いても主客転倒するから。



……どうにも『女の子を殺さないために』がもやもやしてて語ってしまったけど初読の感想書いとかなきゃ……。

とにかくとにかくエゴの話だったみんなエゴ……。
誰のエゴが勝利したか? というよりは、誰のエゴが敗北したか? なんだよな。
一ノ瀬祐介、中澤博、川崎朱音……。
世界の中心は男ではない。しかし、朱音でもない。

しかし私も俗人なので夏川莉苑が唯一揺るがされた瞬間によろこびを覚えてしまう。時代に疎いせいで動画に自分が映りこんだと聞いて……。花びらのような何かが……。

いくつかゾッとした箇所はあって、というかホラー小説ではというくらいゾッとする。
人死にを目撃してすぐ世界は生きている人のためにあるからと優先すべきは理央だと動く夏川莉苑(そしてあとでわかるダブルミーニング……)。
純佳の章で細江愛を真似はじめた意味がわかる朱音。
「死んだあの子に口はなし」。
思った以上に朱音を見放し冷酷になっていった純佳が明かされる……。

章題が各章最後に置かれるのこええ。
真実の曲げ方が多少強引でも、純佳は、それを信じたいから信じてしまうんですね……。

しかし伏線の置き方はめちゃくちゃ上手いんだけど、回想の連続、同じ時間を別のキャラで何度もなぞり時系列が右往左往するから、キャラも朧気にしか見分けられず途中どの子がなにをしたかとかごっちゃになって混乱したな。わかってしまえばなんのことはないけど。
そのせいか朱音が愛を真似した理由がわかったときあんなに衝撃だったのに、電子で読んだから最後朱音の遺書で終わるのかと思って「あれ? こっち本音? ち、ちがうのか?」ってなってしまってこれはもっと読みこめればよかった悔やまれる……しかしミステリーは初読あまり読み込まないほうが後々の衝撃がでかいことが多いからジレンマだ。遺書は朱音の字で読みたかったな。

あとなんだろう、よくも悪くもエゴイズムが全部言語化されているから、これは、映像媒体で婉曲表現を読み取るほうがきっと満足な物語体験ができたかもしれないな、と思った。
例えば近藤理央の「呼び出しを無視したって、絶対みんなに嫌われる」とか、ここはわざわざ言語化されないほうが、近藤理央のエゴと嫌らしさが伝わる気がする。

細かなことは差し引いても面白かった。これはよい。
好みの百合ではないが最高のバランスでした。

# by jinloturu | 2018-12-02 14:36 | 小説 | Comments(0)  

ワールドトリガー~18巻/葦原大介

前に13、4巻くらいまで読んでたのだがこのたび連載再開ということで再読。
最近更新してなかったけどここに感想書いてたよなー?と思って検索したのに書いてなかった。まじか。


めっっっちゃ面白い。
いや綺麗すぎるでしょ展開が。綺麗すぎる。
なんか特に言うところがないよ。ランク戦が面白すぎるし展開にまるで無理がない。
それでいてフルアームズレイジとかヴィザ翁蹴落としユーマとか文句なしにかっこよいし!!!!

初読時は感じなかったのに読み返すうち「この感覚……知っている……」という気分に。
なんだろうかと考えてみたらこれ、あれだ。
攻略サイト見たあとに脱出ゲームやってるときのあれ。
私そうやって何度も何度も脱出ゲーム繰り返すタイプなので。
初めにタオルともやがかった鏡があって、鏡拭いても汚れは取れないけど水に濡らして拭いたら謎の数字列が浮かんで、時計を参考に数字列解いてから暗証番号入力すると箱からバールが出てきて、それで鏡を割るとペンチが出てきて……みたいなひとつの解法にすっきり辿り着くまでの道のりのわくわく感。
グラスホッパーからの鉛弾狙撃で巴くんを落とす気持ちよさとかまさしく脱出ゲーム。
あんまり人に伝わる気がしないなこれ。

ペンチといえば。
記憶がおぼろげで、修がなにか切迫した状況のなかで大きな建物の中に入ろうと度肝を抜く手段で強行突破した、みたいなところまで覚えていたんだけど、なんだかペンチだペンチだと言われてるのでそういやペンチ使って頭ひねっていた気がする……と記憶改竄されてしまった。
なので大規模侵攻のラストわくわくしてたら特にペンチが出なかったので首かしげ。したらそっちかーい。

ともかく脱出ゲームみたいに、手持ちのカードの組み合わせでどう鍵を開けるか、というわくわく感があってめちゃくちゃ面白い。
しかもアイテムじゃないんだよ、一人一人の人間なんだよ、やばい。


感情が論理で構築される物語が好きすぎるんだ。
これが起きたからこういう感情が起こった、だからこんな行動をした……。
という流れのつなぎが自然で、かつありきたりな描写を選ばない。
それぞれのキャラがそれぞれの論理で動いていて、遭遇したときに発生する化学反応こそが見せ場になる。

この感覚はなにかといえばこれも誰にも伝わらないと思うけど水城せとなだわ……。
『ワールドトリガー』≒『失恋ショコラティエ』……。

千佳ちゃんのトリオンでラービット倒した次の瞬間失敗するとか、B級上位戦での判断ミスとか、修けっこう欲をかくとこある。
でもそれってあって当たり前だし、欲をかいた、調子に乗った、そのときになんとなく上手くいくんじゃなくてそれなりの因果があって、かいた欲の分だけ過ちを犯すんだよな。


熱情を取り囲う冷徹な現実主義。
安易なロマンティシズムに帰結させないシビアさ。
「気持ちの強さは関係ない」は、これ、『俎上の鯉は二度跳ねる』における「俺が女だったら洟も引っかけなかったくせに」だ。
少年漫画文法にはそこまで馴染みがないのですけど、「同性愛は本能を越えた純愛✨」言説への鼻持ちならなさならよくわかるぞ。
そんなロマンティシズムで包めるような現実じゃねえんだぞ、と。だけど論理で感情を説き伏せるんじゃなくて感情を論理で構築する、という順なので、キャラクターの行動論理を徹底追求するのが先にくるのも水城せとなの作劇と一緒。
なるほど好きになりますわ。


きくちはら……きくちはらしろうくんなに……かわいすぎる……。
「うわぁ」、「やだなぁ」、……。なんかきくちはらくんにベイルアウトシステムがついていて本当によかった。こんな才能もあって動けて毒づいて冷めてる子が緊張を感じずに戦える世界があってよかった……。
それでいて風間さん貶されると熱くなってしまうよいこ……わんこ……好きなもの仲間……友人……。
萌え袖だしカーディガンはかわいすぎるよお。

あとねえ千佳ちゃんが好きだ。
なにもできない自分歯がゆさに動けるようになってラービット撃って出穂ちゃん救出に結実するの大好き、相変わらず弱い女の子が恐怖に打ち克ち立ち上がる瞬間が好きすぎる。
「ふつうの女の子」の記号をまとった子が見せる熱血ど根性にやられてしまう。
千佳ちゃんメンタルやば。
ていうかこの作品の子たちだいたいみんな利他的で自己犠牲的なんだけど分けても千佳ちゃんの罪悪感コンボはやばい。
ボーダーに入った時点で覚悟が決まりきっている。
だ、だれか千佳ちゃんに「きみが近界にさらわれるのはボーダーにとってもデメリットがでかいので迷惑」という話をしてあげて!「きみがいなくなればみんな悲しむ」とかじゃ絶対響かないから!



という……という……。
はあ。連載再開待ててよかった。

# by jinloturu | 2018-11-17 11:20 | 少年漫画 | Comments(0)  

少女☆歌劇 レヴュースタァライト

はい負けました!
えーん!
まだまだ新鮮なきらめきを持つのだよ、「女の子が女の子を愛するということ」の神話は。

求めて、求めて、たとえ困難な道でも光を信じて女の子を求めすがる女の子の姿。
たとえすべての物語が語り尽くされようとも渇望の再演はぜんぜん足りない。もっともっともっとちょうだい。
女の子よ女の子を求めて。私にその星を観劇させて。

癒される。失った私の心が癒されていく。女の子が女の子を愛するということの神話でしか救えない。
なぜいま百合を描いただけで喜ばれるかわかりますか?
観客が望んでいるからに決まってるだろ!!わかります!!!
飢えてるんだよまだまだ足りないんだよ語り尽くされてないんだよ女が女を求める物語はよ!!
古来どこにでも現れる男女の物語。BL・少年愛登場以前からずっと紡がれてきた男と男の物語。比較するまでもない。


過去の作品から少しずつ変わったところの最大の証は間違いなくキリンでしょうね。
物語に干渉しない他者としての男性表象はそれこそ『ユリ熊嵐』でもあった。
あの熊は無意味にさえ思われるカットで女熊同士の保健室いちゃらぶを遠目から欲望丸出しで「観察」していた。
『やがて君になる』の槙くんも。まんまキリンの相似ですね。
このキリンは最終話でそれを極限まで高めたと言っていい。
津田健次郎がすげえという話だ。


さっき「スタァライトの舞台はウテナの社会的役割メタファーのような強固な壁を描いておらず切迫感がない」みたいな批判を読んだけどこれは批判として隙がある。
「男がどうしても女と女を支配してくる」世界からの脱却をウテナが描いたからこそ、スタァライトの「男は存在してさえ百合に関わらない」コンセンサスまで辿り着いたのだから。
(それなのに今の世の中においてさえウテナが古いとは言い切れないのが悲しい話はさておき。)
他者が他者のまま据え置かれる安心感をこそ本作は描いている。それにしても他者としての男性表象は動物に変換されやすいというのは毒気抜きなのか……。(『ピンク・ラッシュ』とかも)



というわけで百合系譜としてはもうたまらなく最高でしたよと。

しかしその上でトータルこのアニメ好きではない。
初めからわかりきっている結末、予定調和。
それだけなら別にいい。予定調和だって演出次第でいくらでも盛り上がるし、実際その点では成功していると思う。
でもだからこそ、キリンの興奮やばななの絶望に同調できない。
ふたりが「誰にも予測できない運命の舞台」とつぶやくと同時に、容易に予測しうる予定調和な結末がちらつく。
視聴者を巻き込んだメタフィクションをやっておきながら、ひかりの登場や華恋の飛び入りそして化学反応を「予想外」と置く。視聴者はそれさえも予定調和だと知っているのに。
なんというか、中途半端感。
「再演にも一回性のきらめきがある」というテーマは、舞台ならぴったりだろうけど、オリジナルアニメでやるにはちょっと無謀すぎたんじゃないのか。
やるんなら同じ筋書きで一から作り直すくらいの挑戦が見えなきゃ。アニメがまさしく舞台版の再演として機能している、という話にはできるかもしれないけど。
物語は予定調和から逃れられない。「必ず予想外に出会う物語」としてばななの「こんなの初めて」を聞いてもなんの感慨も湧かない。


……とかなんとか言ったけど結局私は純粋ヒーロー無神経主人公が嫌いなだけ説が多分にある。
まひるに依存されてるのがわかってるくせに丸無視、邪険にもしないがフォローも言えないなぜならひかりちゃんで頭がいっぱいだから、でもヒーローなので一言声かければまひるを救ってしまう──イライラする!
依存心が強いキャラに肩入れしてしまうのだ。
あとはお寒いギャグ的うすいエピソード挿話が嫌いなので序盤で全然入れ込めなかった。
まあそれらも為すすべなく最終話で負けましたよ、完敗です、ええ。

そんなわけでCPとして好きなのはふたかおですね。
えっ大好きじゃん……お互い……大好きすぎるじゃん……相手にふさわしくなるよう背負うきらめき……。

# by jinloturu | 2018-11-05 21:59 | アニメ | Comments(0)