タグ:性・ジェンダー ( 83 ) タグの人気記事

 

しまなみ誰そ彼3巻/鎌谷悠希

はあ……
「君の言葉で僕が傷ついたことを知ってほしい!」、そう。
そうなんだよな。
それだけなんだよな。
「傷ついた」、言葉だけじゃ絶望的に伝わらないんだ。
お前は気軽に無邪気に口笛を吹いたつもりかもしれないが目の前にいる殴られて血のついた私を見てほしいだけなんだよな。

怒るべきか。怒らざるべきか。笑顔の下の「あームカつく!」。瞬間的に沸いてきたのは。
「怒り」。
怒りだ、我々の。
どこにもいけない怒り。加害者はお前だ、君だ、私だ、被害者もみな、お前であり君であり私だ。

椿くん内面化ホモフォビアかよ。
見てらんね。
救われてほしいのだ。たすくの言葉が届いたのだといい。
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by jinloturu | 2017-12-09 23:49 | その他漫画 | Comments(0)  

男の絆-明治の学生からボーイズ・ラブまで-/前川直哉

意外とジェンダー論初学者に向けて書かれてた。
セジウィックの論が難解だったからかな……。修論下敷きというのもあるだろうけど。


そうそうー!
「昔の日本は同性愛に寛容だった」論イラッとするんだよ。
ホモソ下位への搾取と対等な人間関係の区別がつかないのかと。
別に……いまの同性愛者がみな対等関係つくってると思ってるとか対等信仰したいとかじゃないんだが。

まああと教養のない頃は同性愛差別の原因はキリスト教の流入だと思っていて、次に性科学の流入だと思ってたけど、そうじゃないんだとわかってからは明治日本の流れを知りたかったのでようやっと読めた。


男同士の性行為が硬派学生のものから軟派学生のものへと変わっていった経緯とか、結局人間意味づけによって言動が抑制されるよなと。


あーあと近代家族観=伝統論もうざいよね。
いかに明治期女が家庭に押しやられていったかとか、高度経済成長の波によりそれまで少数だった外で男が働き女が内で子育てする家族が急増したとかわりと初めて知る知識だった。

これ書き足そうかな。
「外で社会を生きる男は友を想う気持ちが強いが内で家庭を生きる女はそれが薄い」とか百合オタ的には腸煮えくりかえるぞ。


それら偏見を破壊する著作と見ればたしかに初学者にこそ薦めるべきなのかもしれないな。


BL論的には物足りなさすぎるけどまあそれが主題でないし。
論に持ち出すのがグリーンウッド(のみ)っていうのはチョイスそこか~って感じだけど当時はそこまでのインパクトあったのかね。いや面白いけど


後輩が電車で女学生と話して笑っただけで「女子に歯を見せるとは何事か」といきなり鉄拳制裁する硬派学生、という例示にめっちゃ引いた。
あああの手の保守的価値観人間の自己と他者の同一視ってこういうことか(いやここまでじゃないけど)……おっさん価値観だと思ってたけどおっさんも若い頃があったんだよな……って妙に実感する。
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by jinloturu | 2017-08-27 16:39 | エッセイ・評論他 | Comments(0)  

透明なゆりかご1~4巻/沖田×華

1、2巻を外で読んでしまって完全に失敗した。
重い。
涙をこらえるだけで必死。
こんな生死の境がさあ、町の片隅にある。たしかにあるんだな。


ただなんか重い内容のわりにまとめ方が取ってつけたような陳腐な綺麗事ばかりだな?
と思ってたら、3巻あとがきの「漫画ネタ探しの末に大昔の忘れてたバイト時代を掘り返した」話で納得。
人生に根差して深く考えたりはしてないんだなと。
「その後」として位置付けられた当事者たちの家族像が綺麗に救われすぎというか、本当にそれで幸せになってるんだろうか……という感じ。
作者の願望が見える。まあ救われないとやってられんよな……。
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by jinloturu | 2017-06-11 23:28 | 少女漫画 | Comments(0)  

先生の白い嘘7巻/鳥飼茜

美奈子が……!!
いちばんの衝撃だった。
美奈子がついに気づいた、ホテルへ向かった、美鈴先生の前に現れた。
美鈴は諦めたんじゃないのかと想像した。美奈子を認識した瞬間、この状態でいてもなお美奈子から責められるのだろうことを諦めたんじゃないかと。

ああー……
「私たちはそんなに遠くないはずだから」。
見下し見下され知らずいがみあうよう仕向けられた女たちの連帯を。

ひとりでいなきゃ強くなれないと新妻くんを手放すのもすごく……好き。
男の手なんか。
でも先生は先生なんだよな。権力なんだよな。
今度はミサカナちゃん救われないかな……年を経ないと周りに連帯できる女の子が現れないものなの……。
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by jinloturu | 2017-06-11 23:25 | その他漫画 | Comments(0)  

ファイアパンチ1~4巻/藤本タツキ

え……まって……すごい……すごい面白い……………………

1話が話題になって面白くて出落ちかと思いきや本物だったっていう……。


エロスとタナトスと宗教倫理そして文明。
どこか進撃に似ているけれども決定的な違いはエロスとタナトスだ。進撃は未分化だがこちらは性のにおいがすごい。しかもいやらしいわけではなく。

途中で突然同性カップルが現れて「僕らも常識から逃れてきた」とか言い出したので、「え……うん、作中倫理を疑い揺るがすのに手っ取り早く"使える"のが同性愛だったのかな?まあ現代的だな?」と思ったんですが、ちがう、それだけの意味じゃなかった、それだけの意味じゃないことに泣いた……。
根幹はエロスとタナトスだ。性という生と死だ。

生き延びるための食人、世代を継ぐための若い兄妹姦(未遂)、それらを忌避する倫理観とそうもいってられない切羽詰まった世界、葬式という儀式、「死んではならない」「生きて」という宗教観、生の苦痛から死へ向かう衝動と死に抗う動機づけ。
1話に全部詰まってる。

セックスがある。強姦が日常的に行われている。子供を産ませることが正義だと正当づけられて。下品なトガタ。
愛がない。性と愛が結びつけられていない。ただ強者の快楽と子をつくるためのセックスがある。
そして4巻ラストだ。
次世代につなぐ大局的アポトーシス!!!

急に飛ぶんじゃないのだ。セックスから急に死へ飛ぶんじゃない。
不死身の肉体再生。
「年よりよりも若い者を守る」。
兄妹姦の倫理。
同性愛と常識。
生があまりに過酷ゆえ子を残すことに懐疑がうまれる。
死にたい。
負けたくない。
トガタの性別の謎。
すべて次世代につなぐための力点をセックスに置かないための。

そしてそのためにセックスがある。タナトスへ向かうために。アポトーシスが現実味を帯びるために。

なんか感動して泣いてた……。




読みながら感情が同期してしまって、そして現実を投影してしまって、そうだよこの世はディストピアだよと思って、私がタナトスを感じて、安寧のための死を想って、いた。しんどい。
そしたらさあーー、、この世界に、負けたくなかった。
この世界に負けたくなかった。
泣き崩れるわ!!

そうして正義が生まれる。掘り下げばっちりだな……。


死のために宗教がある。神が要る。
宗教、倫理ときてスターウォーズの新作のための破壊!!!文明!!!!文明だ!!!!
映画!漫画でメタやって読者を現実に引き戻してリアリズムやって地球を捨てた人類SFそしてスターウォーズにつなぐ!
はあああ……



しかし近親相姦に同性愛にクローンに、そこから見いだされる生命とつながる命と生命倫理、って、やっと時代が90年代の少女漫画に追いついたかなって感じ。
破壊と再生だよ。まんま少女漫画じゃん。そしてその先だ。
あー少女漫画と少年漫画が混ざってくれるの嬉しいなほんと。
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by jinloturu | 2017-05-31 14:20 | 少年漫画 | Comments(0)  

男子の貞操/坂爪真吾

「性でつながる社会」に抗して――坂爪真吾『男子の貞操』批判
このブログの書評(批判寄り)を読んでから読み始めた。

僕たちが生きている社会は、男性が性にまつわる問題の当事者にならなくても済む社会、より正確に言えば、本当は当事者であったとしても、そのことを意識せずに、平然と生きていくことができてしまう社会です。
(p39より引用)

はい♡それ♡
私の怒りは性を語らずに済む思考停止で済む性の現場で不在になれる社会化された男へのものが主です♡♡




性が「お上」の規制によってコントロールされている、禁じ隠すことにより性的興奮が喚起される、性器露出が恥ずかしいからパンツが要請されたのではないパンツが生まれたから恥ずかしくなった……
あれよあれよと性的記号が剥がされていく序盤の章はいっそ快楽なほど憑き物が落ちていく感覚を得る。
「隠されるから/タブーだからエロい」「性的記号は文化」までは実感として知っていてもこんなにまで上から支配されていたのかと。

……と感心しながら読んでたらいきなり「セックスする動機付けがないならしなくていい、じゃないのよ、命をつなぐライフラインと他者との絆のために必要」とか生殖イデオロギー、ロマンティックラブイデオロギーが展開されはじめて「!!?」ってなった。
おい「男性同性愛者にも学びがあるよ」とか書いておきながらそれがただの申し訳程度の記述に堕すぞ。
「エロ」と「愛」は意図的に使用しなかったくらい性に対して誠実であろうとしてるはずなのにそこで性欲と性行為と生殖と情を結びつけちゃうのか。

いい方向の「べき論」を提示する理念はなるほどと思ったけど、全体的にいささか「記号」への憎しみが過ぎる。
確かに記号は危険を孕むから慎重に扱わなきゃいけないけど、必ずしもリアルセックスと両立しえないものじゃないでしょ。記号の虚構はリアルセックスの代替ではない。
積み重ね型セックスの"正しさ"とやら、「もし僕らがモノアモリー的クローズド対人関係において自己とパートナーが長期的に満足を得やすいセックスを探求したいと思うのであれば」、という前提がほしかったかな。
でもまあ「べき論」に沿うなら男を性の当事者として意識させるためには記号を捨て去るほど強制しなきゃいけないのかなあ。現実問題それくらい記号は暴力に転化しつづけているしね。


性風俗批判もまあ……ひとつひとつは説得力があってわかるけど……って感じ。
あ、『AV女優の社会学』における「エンタメ」という単語はもっとポジティブな意味合いだったと思うんだけどな。エンタメ"だから"と問題を矮小化してはいけないけど恣意的な運用ぽさ。

私はヘテロ主義的挿入・射精中心主義を蛇蝎のごとく嫌ってるからちゃんとそこを解体してくれたのはありがたい。
が、嫌いすぎて「"誤った"オナニー」とか「膣内射精障害」とかいう言葉にも嫌悪感があるからもやっとしたかな~~……。長期モノアモリー恋人契約異性とのセックスを至上とする価値観は拒絶したい。ヘテロセクシズムと容易に結びつくし。

あと絶対に反論したいのは「多くの国で一夫一婦制を採用してるのは一人の男が複数の女を満足させるのは非常に難しいから」。
いや秩序形成のための社会的単位として都合がいいからだろ……。



そんな感じでちょいちょいもやっとしたところはあった(大枠は上記ブログが言ってくれてる)、にせよ、基本的には「そ れ な !!!」って言ってた。
意義深い本ではある。なにしろ男は語らないから。
それでずっと活動しているのはすごいなあ。
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by jinloturu | 2017-05-30 14:44 | エッセイ・評論他 | Comments(0)  

少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録

そいえば劇場版感想書いてなかった。

あーね。
そう、ウテナと聞いて想像していたラストシーンは、こういう感じだったな。
概念を破壊していく少女革命。望みうる、求めうる、エンパワメント。
キスしてくれてありがとう~~(;_;)確かにテレビシリーズの心残りはここだったかな。"キス"(という象徴行為)してほしい。
本編三分の一ほとんどレースしてただけだった、そして勝利そのものは確定しているのに、終始飽きさせずぽんぽんいろんなモチーフが飛び交い、はらはらさせる。アニメーション。

うん。うん。そうだね。険しい道だ。誰も走ったことのない道だ。それでも二人なら。二人の力でなら声を振り絞れる。世界を革命する力を獲得し、城を、王子様を、破壊できる。乗り越えられる。
そうだね。ウテナとアンシーならば。
いいなあ。いいなあ。いいなあ。乗り越えられるだけの力を得られていいな。孤独に戦っていた私には無理だった。戦えなかった。ひとりでは乗り越えられなかったよ。いいなあ。私もそこにいきたかった。すりつぶされてしまった。希望を求めて追いすがった特別な二人がやっと破壊できる世界なんだよ。道は開いてくれたけど、絡みとられてしまう女が、ここにいてしまう。

男性表象がなるほどな、ずいぶん簡略化されていて感心した。
そうそう百合作品の当て馬問題。クズorいい人類型。
類型の根本でありながら、キャラクター性には深みがある。
王子様であることを求められて王子様になろうとしたから死んだ王子様。
王子様であるためにお姫様を必要として食いつぶし殺された王子様。
結局この蜃気楼に支配された世界では、誰も彼もが苦しめられる。生きながら死んでいく。
救いがない。行き止まり閉塞。
だから革命が最後の奇跡。最後の希望。
それがたとえ険しい道でも。

七実のネタ扱いかわいそすぎる……。
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by jinloturu | 2017-02-27 22:01 | アニメ | Comments(0)  

男同士の絆/イヴ・K・セジウィック

むずかしい……なにがむずかしいって、噛み砕くと「~~なのではないかと考える。この場合こういう反論が考えうるけどそういうことじゃなくてもっとこうこのへんの話が私はしたいからあそこらへんに取っ掛かりがあるんだろうなーとおぼろげながら思ってる」って、終始こんな感じで文が進んでるから。
議論に対する誠実さを求めた結果主張が曖昧に行きつ戻りつして、主張の結論を出さずに議論の展望のみ語るのでわかりにくいんですね。イギリス文化と文学からきし知らんし。
でもがんばって読んだ。面白いから。

面白いんですよ。最近フェミニズム入門書をいくつかぱら読みしてたんだけど別に私入門書いらなかった。学問が知りたかった。

簡単に背景を調べたところ、レヴィ=ストロースの、「血を存続させていくために近親相姦を忌避する、そのロジックとして血の再生産役割である女を共同体から代謝していく」という女の交換論をフェミニズムから分析した先人たちが幾人かいて、それをさらにホモソーシャルという文化のなかに読み込んで考えたのがこのセジウィックの『男同士の絆』ということ。(間違ってるかも)
「男性同性愛はミソジニーすなわち女排除の究極形態だ」という俗説を否定し、ゲイと女性の権利獲得活動を接続しようとしたと。
でも結構ゲイカルチャーって血再生産のための女体すら必要としてないから究極ミソジニーを温存してるとこあるよね……っていう実感はさておき。


いちばんおもしろかったのは、「近代社会においてなぜホモソーシャルはホモフォビアを内包しているか?」分析。
古代ギリシャなんかのホモソーシャルは少年愛文化が存在した。(日本の男色文化もそうよね)
だからホモソーシャルはそれそのものがホモフォビアを要求するわけではない。
しかし、近代(イギリス)社会においてはホモフォビアは必然的に必要とされた。なぜか。
「家父長制やそれに準ずるホモソ社会を維持するために、最小限の力で最大の効力を発揮する、男たちを統制する機能の役割、それがホモフォビアだったから」。

よく観察すると、ホモソーシャルが称揚する男の絆と、ホモセクシュアルな男の関係は非常に似ている。ていうかほぼ同じ。
似ているがゆえに、ホモフォビアはホモソーシャル統制に最大の効力を発揮した。
ホモセクシュアルだと指摘された途端に男はホモソーシャルの階級から落下する。
ホモソーシャルは、たまに気まぐれにホモセクシュアルを弾圧し、”いつその関係がホモセクシュアルだと指摘・断罪されるかわからない”状態をつくっておかなければならなかったのだ。
そうすることで、「ホモだと見なされないように振舞わなければならない」とつねに男を脅かしつつけ、ホモソーシャルを維持していくことができる。

……それだ!!!!!
もう、なるほどなーそれだーーーって感じ。
で、家父長制維持に必要な異性愛は、「ホモだと見なされないように」という隠蔽のために選択されると。
ご、合理的だ……というか便利すぎるだろホモフォビア……。
私は、例えば、ホモソ的な作品のなかで男たちが男らしさを確認したときの軽く拳をタッチしあう儀式が嫌いなんですが、今まで私はそこに「ホモセクシュアルが抑圧された姿」を読み取っていた。
言葉を交わさないで通じ合う(と思い込む)、感情を表情にあまり出さないようにする、男らしさを確認したときだけ最低限のふれあいが許される。いや触れろよ! 体全部で感情を表現しろよ抑圧するなよ! と思ってた。
しかしセジウィックはそれを、「むしろ推奨すべきホモソーシャルの絆と忌むべきホモセクシュアル関係というダブルスタンダードがあらわになる瞬間」だと言う。
ほほう……。


「女の交換論」については文献を遡りたいな。
男の絆を深めるのにどうして女が貨幣として交換されねばならないのか、実はよくわかってないなと思った。
ホモソーシャルは女を外縁化する。至上の男だけの絆を作りたいのなら単に女を排除するだけでいいのに、「寝取られ男」にさせられる危険性を冒してまで、異性愛をする。
ここもよく意味がとれなくてわかんなかったのよな……。なんで危険を冒してまで女を取り込むか。
シェイクスピアのソネット集分析は明快だった。
血の再生産のために相手の男の異性愛を望むが、「女」が実在性を帯びるようになると今度はホモソーシャルが破壊される恐怖にさらされると。
女が介入すると、男のあらゆる挙動について「女が現れたせいで堕した」とすべて女に責任を課すことになる。だからホモソーシャルが破壊されると考えてしまう。考えることになってしまう。
でもここも、そもそもなんで女が潜在的にホモソーシャルを破壊する脅威になりえているのかがぴんときてない。
女はホモソーシャルを破壊する恐怖になるか? 女は男を支配できないのに?(それを前提だと考えるからぴんときてないことはわかる)
もうちょっと読み込もう~。
これの補論的なその後の議論って体系化されてないのかな。見当たらず。
ジラールの「欲望の三角形」あたりもいくかー。

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by jinloturu | 2017-02-27 03:29 | エッセイ・評論他 | Comments(0)  

少女革命ウテナ

見よう見ようと思いつづけて早数年、やっと見た!
というのも、これを語るには自分の話から切り離せないので言うけれども、私はつい最近、女を好きになる自分が社会に殺されて、ずっと社会と戦ってきた自分の敗北を認めて、『ユリ熊嵐』で言うところのスキを諦めて、男を選択したのですね。
女らしさ規範と異性愛規範の呪いをかけられる悔しさにのたうち回ってたら人からウテナを薦められたので「あっ今私に必要だわ、見よう」と。



歴史に堪えて古びない作品は名作だとは言うけれど、20年経ってもウテナが古びないこの2017年日本社会はやばい。
未だ私が殺されなければならないウテナを救いに思わなければならないこの社会が怖い。そして憎い。

救いでした。すがりつきたいほどの。わかっていたよ泣き崩れることなど。
私の観測する社会は、人にわかってもらえないのだと最近理解した。隙あらば同性愛を殺そうとしてくる社会。どうしても女を男の手の内に閉じ込めないと気が済まない社会。
そういう社会があるなんては一見わからないのだと。
そっかー、と思ってた。

しかしこの作品はしっかりと私の認識する現実を、私の苦しみの重さ色形を、そっくりそのまま型どって照射してくれた。
理解してくれた。
私の苦しみはこんなにも刺々しくて重たい鉛なのだと、わかってくれた。
それがどんなにありがたいことか。

最後頭上の蜃気楼が瓦解したのだと思ってたけど違ったわ、決闘場だけか。
権力構造は崩壊しなかった。

最後世界を革命してウテナが概念化するんじゃないかと漠然と思っていたけど違った。意外だった。
でもこのラストこそ今の私がすがりつきたい救いだった。
ずっとこの世界で生きていくのではない。蜃気楼は依然崩壊しないのに、プラネタリウムも崩れないからぬるま湯にいられる暁生の物悲しい空虚な権力。それがまだ機能するこの世界、男が女を支配することを夢見る世界が存在すること。
簡単には崩壊しないと言ってくれて嬉しかった。
だってウテナが1997年だよ、20年経ったよ、ねえ、この世界なにか変わりました? 私たちの戦いってなにか報われました?
まったく報われてないとは言わないよ、もちろん少しは変わったよ、でもまだ死ぬ人は、性別関係なく、殺されていく人はそこらに累々と積み重なっているじゃないか。
革命は簡単じゃない、だけど、外には別の世界があるのだと言ってくれて嬉しかったのよ。
死んだ私の苦しみは、この簡単には変えられない社会に生きているからだって言ってくれたのが嬉しかったのよ。
それでも数多の剣を受けてまで戦おうとするウテナ。いつか一緒に輝ける、二人。
そういうささやかな薔薇を届けてくれたのが嬉しかった……。


本当に、この世界では男も苦しめられるのがさすがの名作ですね。
単純に男と女の対立構造になってない。
フェンシング部部長の、支配者かと思いきや樹璃に奇跡を起こしてほしかった弱者、とかすごいもの……。
あと若葉に想いを寄せた幼馴染みが決闘する資格なしと判定させられるところとか最高……!
ありがちな異性愛ロマンスを破壊したのだって小気味いいのに「女を手に入れられなかった男のルサンチマン」が大したことじゃないと一蹴される!!
若葉と西園寺先輩の話とかすごい好きなんだけど木原音瀬の『期限切れの初恋』を思い出した。木原さんはこれに着想を得たのか?と思ってしまうほど。

七実の卵の話とか実に暗示っぽいけどなんだろうなー。あの学園では子供を産むってどういう意味を持つのかなー。
これもロマンスの崩壊では?
そもそもこの白鳥由里さん、すごくいい。
冬芽と血が繋がっていないことに歓喜の念が一切なく空虚なロマンスの絶望に終わっただけなのも凄みがあった。

そうそう男性性象徴の剣、毎度の決闘で「王子様のキスで力を得る」ことで女のウテナが勝利する説得力を持たせる、ってこれの処理どうするのかと思ったら。
自分のなかから出でた剣だからウテナ自身の力ってことでしょ、という言い訳すらせず、最後暁生の手に渡って扉を前にあっさり折れて退場してびっくりした。
気味がよすぎる!!!!
扉をこじあけたのはウテナの体と汗と涙だった!!
マッチョイズムでない肉体性……すげえ……。
女の力で女と契れるんだよ薔薇の花嫁を救い出せるんだよ……。

なんで暁生に婚約者がいる設定なんだろうなあと思ってたけどまあ理事長代理の仮初めの権力はそうとして、「婚約者がいるのに」妹を支配する、ウテナを支配する、ウテナにも罪悪感を持たせる、っていやはや綿密な設定であったな……。



もう、なんか、本当に今見てよかったな。
そんで今ウテナを見た熱から「百合と男と社会」の変遷についてまとめてるんだけどそれで今自分がかかってる呪いをずいぶん客観視できてきて少し楽になった……所詮呪いは呪いでひとつのイデオロギーでしかないんだよな棺の外に世界はあるよな……ほんとありがとう……。

あと絶対運命黙示録、「ソドムの闇」ってうわー歌詞で直接的に言っちゃうのか!と思ったけど、よくよく考えてみたらソドムの意味なんて普通の人は知らないか。?
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by jinloturu | 2017-01-07 19:58 | アニメ | Comments(0)  

ユーリ!!! on ICE

これは語らねばなるまい。記録せねばなるまい。
間違いなく特異点。
私は渦中を追ってはいないのが残念だけど社会の話を絡めて語らなければ見えない。誰か熱心な人が二次の盛り上がりとか学級会とか現実と創作のゆらぎとか含めまとめてくれないかな。
私は私の感想の限りを記録するので、もっぱら、「アニメと同性愛表現」の話をします。今記事はストーリーラインやアニメ的表現の話はばっさり切る。
これもひとつの社会の外縁でしょうと。


まずこの作品に「性・ジェンダー」タグを付けることを残念に思う。そんなものを考えずに、ただ「愛」のアニメとして他の作品たちと同列に埋もれてほしかった。
でもセクシャリティの側面を語らずにはいられない。



色々な意味で盛り上がってると聞き、人種から人生から多様性を描いていると聞き、そして明るい感じのスポーツものはわりかし好きなので、きっと面白く見れるだろうと途中から追いかけた。
でもこの時点ではどうせいつものクィアベイティングなんだろって思ってた。
「腐女子」をターゲットにしつつ、「でも"ホモ"じゃないからねっ☆当たり前だけどねっ☆勝手に"腐らせ"てくれっっ☆☆」ってエクスキューズを入れるんだと思ってた。
だって、今オタク文化のなかにあるありとあらゆる漫画やアニメは、そうだから。
何度も何度も失望してきて、クィアベイティングを経て"正しき"異性愛に帰結した作品群に心を殺してきたから。


だからね、4話、「勇利は俺に何を求めてるの?兄?親?先生?」に並列して「恋人?」を入れてくれただけでもう私は嬉しかったんですよ。
「ありがとう!!!!」って叫んだんですよ。
想定してくれてありがとう。同性愛を当たり前に排除しないでくれてありがとう。同性愛的関係にすることを「腐らせる」なんて言わないでくれてありがとう。普通はありえないものと言わないでくれてありがとう。このホモフォビアはびこるオタク社会の中で逃げ道を作らないでくれてありがとう。私の存在をないものにしないでくれてありがとう。


そしたらさ。全然そんなもんじゃなかった。
7話です。革命の、7話ですよ。
別にこの二人に萌えとかはなかったので、最初は「わーちゅーしたー笑」程度でテレビを消して次の行動をしてたんだけど、服を着替えてるとき、不意に実感が湧いて、号泣した。
やってくれた。
BLという触れ込みでないアニメが、しかもオリジナルアニメが、ギャグにも逃げず、物語の要請上という形にも逃げず、ただひたすら話の盛り上がりに最高の仕上げをするためだけに男同士のキスシーンを描いてくれたんだ。
クィアベイティングから脱したんだ。

ちょうど今ね自分の中にホモフォビアとヘテロノーマティビティーの毒が回っている時で、苦しくてなんにでも泣けてしまう不安定な時で、だからというのはある。号泣までしたのは。
でも、先のわからないオリジナルアニメで、どうしても「同性愛」の存在を認めたくない視聴者が「腐」を排除しようとする中で、これをやってのけてくれた意義は大きい。


色々な反発を見かけたけど、色々と怒りに震えてきたけど、とりあえずこのエントリは「はあ??」って声が出た。
BLとLGBTを厳密に分ける必要がまずわからん。BLが差別問題に向き合った上でそれを痛快にひっくり返すことは非常によくあることだ。
別に『ニューヨーク・ニューヨーク』みたいな作品のことを指してはないよ、挙げるのも迷うくらいいっぱいあるよ。BLを馬鹿にするのも大概にしてほしい。
そして、異性愛を描いたアニメは意識するまでもなく氾濫してるのに同性愛を描いたアニメは数えるほど しかない中で、BL原作を使って視聴者層を限定・隔離したりせずに、男同士の限りなく同性愛的な関係をてらいなく平然とやってのけた功績は大きい。
「LGBTに踏み込む」ってそういうことだよ。同性愛を異性愛と同じ位置に置いて特殊なものにしないでBL嗜好者だけが見る独占的なものにしないでおくことだよ。社会状況全体を考えないとなにも見えない。どれだけのアニメで作品で社会で同性愛の存在がないものとされ馬鹿にされてきたと思ってるの。
これは私の場合だけど同性愛程度のことに今さら悩む作品なんか見たくねーよ。現実に散々絶望して疲弊してきてるのに。
悩み抜くBLも既にうじゃうじゃあるし。それらの作品はこの人の中で「BLではない」のだろうか。

まあもちろん「LGBTアニメなのでBLではない」「BLじゃない、愛だ」みたいな意見もまた私は嫌いですけど。同じことです。BLを隔離するな。
「ホモなんかじゃなくてそれ以上の愛」なんかは論外中の論外……なんでそこで"ホモ"を貶めるかな……。



わかってる。
こうしてさえ逃げ道は捨ててない。クィアベイティングから脱したとは言い切れない。真っ向から同性カップルを描いてはいない。だからこそ幅広い視聴者層を獲得できたのはわかってる。

みんな「恋愛」パッケージ嫌いだよね、なんでもかんでも「恋愛」にされるの嫌いだよね、安易にそんな陳腐なものにしないでほしいよね。
だからって殊更同性関係のみに反発しつづけ、安易に恋愛関係になる男女のことは当然視するその社会に私は殺されてきてるんだからな????
愛は多様って言うけど、この作品はそれを謳っているけど、恋愛だって多様なんだよ陳腐なだけが恋愛じゃないんだよ。

何をかわからない感情を愛と名付けて、それで、キスをしたって恋人になったって結婚したっていいじゃん。
恋愛を、同性愛を、排除しないで。

結婚……結婚二期でしてくれ……。
二期見たいなあ。この世界ならロシアに同性愛宣伝禁止法なんかなくて、日本でも同性婚法制化されてるんじゃないかなあ。もちろん結婚を選択しない人も等しく尊重されて。
なんて理想の世界だ。住みたい。



まあくどくどと並べたけれど話はきちんとテンポよく面白くて、だからこそ褒めちぎることができる。
まあ私はもっぱらクィアベイティングについてと、どんな形であれ「愛」の称揚神格化を毛嫌いしているのとで目が曇りがちで、ストーリーやキャラを掘り下げて見据えることができなかったのは心残りかな。
特に愛については抜け目ないフォローがそこかしこにあったはず。
そういうアニメが盛り上がってよかった。まず、同性愛を真っ向から描いてほしくはあるけれど。(しかしそれはどれだけ上手くやってもここまで盛り上がらないだろう、理想にならない社会への落胆)
いっこストーリーの話をするなら最後に勇利が引退を思い止まるのがユーリのFPっていう構成が一番興奮したね。最後に主人公を氷上に押し上げる牽引がパートナーの愛じゃない!
あっでも10話バンケットと最後のエキシビションはさすがにときめきを覚えました!すげーな!!

これを踏み台にもっとBLと百合とセクシャルマイノリティーとGSRDと現実と虚構が混ざりあって尖鋭化していくアニメが見たい。
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by jinloturu | 2016-12-22 05:59 | アニメ | Comments(0)