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ももたまい婚

結婚おめでとう!!!!!
BDみた。2016年9月4日。


いや……
とりあえず……とりあえず司会進行どうにかならなかったの。
飯塚さん……って思ったけどこういうときこそ山ちゃんでは!?めちゃくちゃ適任では!?
お忙しかったのか!?

殺されてたなー。せっかくかわいくてニヤニヤしちゃうももたまいなのに。

茶番なこと自体はいいしケーキカットとかペンライトサービスとか小ネタはすっごいよかったのにイベントの構成セットリストの作り方とかコンセプトのまとめ方とかが妙に退屈しきりで期待に応えてもらえない感がありパッケージ見たら演出川上さんとあり「ああ……しょうがないか……」と思った、思ったけどいつもの茶番とはわけが違うでしょ!!
関係者のメッセージボードスライド見てて違和感がピークというか確信に至った。
最初あーりんがくるからなんだ推され隊いつだと待っていてちょいちょい謎な内輪ウケ狙いのズームでイラッ、これでももたまいがウケてくれるならまだ見るものはあるが二人はお色直し退場中、飽きていたらあかりんがきて衝撃が走った、ら、坂崎さんで締める????
????しかも推され隊は????
謎すぎた。(後編があるなんて思わないし)
別に坂崎さんが悪いわけじゃなくてももクロヒストリーにとっての比重は明らかに坂崎さんよりあかりんのほうが重いのに芸能界的比重でトリを奪われたからだよ。
そこはこう順当に推され隊・あかりん締めでええやん……喜ぶよ……誰が作ったんだこのスライド、というかこれを川上さんは通したのか。
加えて司会者が場馴れしてなかったのでなんか……相当……あーりんが演出すればよかったのでは……。



ももたまい婚に関して私がこういう書き出しをするとは思わなかった。
とりあえず作り上げられたものに対してそのメッセージ性の是非に賛美したり吐棄したりするのだと思ってた。

だから『Ring The Bell』で「おじいちゃんとおばあちゃんになっても」ときたときも「うん……茶番だな……(悪い意味で)」としか思わなかった。



私がももたまい婚を見るに際していちばん懸念していたのはこのももたまい婚がいずれ来るかもしれない男とする公的結婚への前哨戦というかノフに耐性つけるための模擬挙式になってることだった。
ふたりのための結婚式のはずなのにヘテロ規範に回収されるべき未来が透けて見えやしないか。

結果ヘテロ規範じゃなくて商業的事情が透けて見えたのは斜め上だよ。
「ぜひ本当の式で使ってください」て。
いやヘテロ規範もばりばり透けてましたけどねこの曲。
本当の挙式が男女だけだとお思いか。

ここからは本来やろうとしてたメッセージ性に対しての検討です。

なんなの。
知ってるよ別に同性愛問題についてなにをか提起するイベントではないことなんて。
「新婦新婦」に笑いが起きる社会なのも知ってるよ。
でもさ。
これが茶番だってわかる要因として「ももたまいだから」「メンバー同士だから」なのは前提としても「女同士だから」って要素もあるんでしょ。
ももクロのライブでは性別を問わないカップルシート作ってご丁寧にメンバーからのカップルへのメッセージも性別に触れない書き方をしてたりするのに、これでしょ。
メンバーが結婚したら式で『Ring The Bell』歌うんでしょ、そこはやっぱり模擬挙式だ。


なんでノッチ呼んだのか。
単に茶番のためだと思ってたけどオバマが人権問題に取り組んで全州同性婚を可能にさせたときの大統領だってわかっててやってるのか。

なのにヘテロ主義な『Ring The Bell』だよ。
ふたりの曲のはずなのに根底には男女カップル様式が蔓延っている。
エンディングでは「おじいちゃんとおばあちゃんになっても」の歌詞が入らないよう構成させてるのが上乗せでムカつくわ。
最初から性別におわせないウェディングソングつくれよ。

別に茶番でいいよほっぺちゅーくらいしてよ昔は口にちゅっちゅしてたじゃーん。
こんな空気のなかは絶対恥ずかしいけどさ!!!ww照れるしおりんがいちばん見たい!!!




でも そういうヘテロ感基調感は想像の範囲内というか、同性愛への想像力の足りたなさにはまあこの社会に住む限り私は日常的に殴られているわけで、感性を鈍化せざるをえないところであり、そのうえでそれ以上に傷つくことはなかった。


オープニングは最高だった。
浜辺のハグやっばい……
なんか、夏菜子ちゃんとしおりんの間に恋愛があるというのは茶番であろうとも、なににも替えがたい偽らざる絆があるのだけは本物であり、たとえふたりがそれぞれ男と結ばれても恋愛よりも大事なものがここにあるシスターフッドを目の当たりにしているのはたがえない事実なんだな……って思った。
夏菜子ちゃん、スピリットには男に支配されることを拒絶する断固とした抵抗心が見えるし。
ももたまい婚と銘打つのは結婚の脱性愛化と見ることもできると思う。

あと新郎になりきったタキシードしおりん、「私もウェディングドレス着たい!!」でダブル新婦として登場~という流れもよい。
これも期せずしてヘテロ主義への懐疑になってる。
「婚姻は男女を模倣せねばならぬのか? 違うでしょ女同士のまま結婚できるよ!」と投げ掛け古いパラダイムを削ぎ落としてる。
大合格◎◎



この時点で涙ぼろぼろだったので「会場いかなくてよかった……(元々在宅だけど)」と思ってたけどMCによって結構泣いてた人がいたらしいと聞いてちょっと安心。
ももクロ百合スレの人とかいたんだろうな。いまこのスレあるか知らないけど。
同士よ。



いや泣きっぱなしだよ。。
恋愛ソング歌っても「君」とか観客にだけ向けてたらどうしようとか杞憂だった……
互いのことを……照れつつもちゃんとまっすぐ見つめあって歌っている……
そこに込めた想いだけは本物なんだよー!

もうね最後のソロとかふたりの関係が見えてこれだよこれだよももたまいに求めてるのはこれ。
求められているという意識もあるんだろうけどそれで大仰な嘘の気持ちは歌えないもの。

喧嘩もするけどずっと一緒にいようっていう夏菜子ちゃんの家族みたいな感情に、Storyの「私が君を守るから」を繰り返すしおりん。
夏菜子ちゃんの歌を聴いて真剣な表情をするしおりんはなにを思っていたのか気になる……。

ももクロがももクロとして活動する限り、ずっと一緒にいることができる。ソロ仕事が増えても。
ももクロが長くつづくアイドルを目標するのは、若さを至上価値とされてきた女の抑圧への破壊メッセージにもなりえるけど、シスターフッドが成立するんだという叫びにもなる。



愛の確かめクイズ企画最高♡♡♡
これでしょ期待したのは!!

間違えたら相手への愛を叫ぶ罰ゲーム、はぐらかしをいれるのかと思ったら夏菜子ちゃん一発「さりげなく支えてくれるところが好きー!」なものだからそれ泣くでしょ。
ガチ告白じゃん。
これだから読めないのよこの子は!大好き!
なんか本当茶番にかこつけて結局互いを想う気持ちが強化されるならそれだけでこれをみた価値はある。

怒ってイラついてがっかりして、泣いて拝んで拳を振り上げ感情が忙しいイベントだった……。
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by jinloturu | 2017-08-20 14:25 | その他 | Comments(0)  

ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅

洒脱だ……。
なんか好きとかではないんだけど感心した。洒脱だ……。

導入めっちゃきれいだ。
現代ニューヨーク、の中の異質な鞄、日常に侵食する魔法と緊張感、魔法の常態化してる秘密の部屋、鞄の中のサバンナ。
段階を経て引き込んでいく流れめっちゃきれいだな。と思った。

ハリポタを見たことがほぼないんだけど想像しうるイメージとは違った。まあスピンオフだからなのだろうけど。
魔法便利すぎでは!?

なんかBLみの高いおじさんたちの闇よくわかんないからよくわかんなかったけどとりあえずよくわかんないままでいいのはわかったけどなおさらよくわかんなかった。
こっちがメインの話がみたかったな。
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by jinloturu | 2017-05-30 14:49 | その他 | Comments(0)  

太陽の下で-真実の北朝鮮-

えっこれだけ? 言いたいことこれだけ??
二時間近くやって言いたいことこの涙だけ???

って思ったんだけどうーん。
なんかこれはドキュメンタリー=真実、という常識あってこそか。
私だって個人主義になろうとしているよ、全体主義は怖いと思うよ、だが「全体主義のどこが悪いか言ってみろ!?」って思った。言えない、撮れないのこそ怖いねっていうのもわかるんだけどうーーん。
思想統制、怖いよ、そうだね、わかりきった同じ話繰り返されてもなあ……。
こんなん自由主義国家から見た社会主義断罪映画じゃねーか、断罪するならするでこの社会のなかにちゃんと個性のある個人を浮き彫りにしようよ、作品としてうまくないよ、だから「思想押しつけ国家は悪いよね、という思想押しつけ映画」になってる気がする。
いや権力が人民に押しつけることと一ジャーナリストが権力を暴くことはもちろんちがうよ、だからそういうことで意味がある映画だっていうのはわかる、でも単なる一映画にはなれないじゃんこれ……他国からの侵害があったから極端な国家安全保障に走ったんじゃん他国が権力じゃん……。
なんだろうなあ。
うーん。意味のあるそして勇気ある行為だっていうのはわかる。
「ドキュメンタリー撮っていてさえヤラセが入る」っていう描きかたに矛盾や衝撃を感じられないだけ。てめえだって「和やかな家族写真ですね~~~……背景には金日成像が!!」みたいな演出して衝撃煽ってんじゃねーか、って私が思っちゃうだけ。批判してるつもりでいるけどブーメランなのわかってる??って思っちゃうだけ。

個人が生きてるじゃん。
あー原典サブタイにあったかどうか知らんけど「真実の北朝鮮」って煽りが嫌い。
真実、って、おおかた大衆の予想通りの北朝鮮像しかないじゃないか通念を裏切らないくせに真実もくそもねえだろって。
描き方と売り方が嫌い。
撮ったものそれそのものは貴重な資料だと思う。その編集が嫌い。
ジンミちゃんの涙で、さあ個が消されていっちゃうグロテスクさね……っていうラストっていうのもそれ自体もジンミちゃんの個を尊重してるのか?と思う。
うーーん。最後までなんとも言いがたい。

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by jinloturu | 2017-02-12 02:46 | その他 | Comments(0)  

この世界の片隅に

エンドロールと監督舞台挨拶のとき、涙があふれてあふれて。
安堵した。戦争が終わって。しあわせの。へいわの。終わったのだ。そう思って安堵して、涙が止まらなかった。

「悲劇の消費」とはよく言う。
「悲劇を消費して、自分の関わらない刺激的な悲劇にこそ喜んで、そして自分の安泰な日常生活に安堵する。悲劇をダシに幸せを語る」と言う。

私はこれを見ていて、そうじゃない、そうじゃないのだ、と、強く思った。
これはむしろ、「不幸を経験したからこそ小さな幸せを実感できる」類型だ。表裏一体。
いかに自分が幸せか、幸せなうちは気づかない。気づけない。それが当たり前だから。
不幸を自分事として追体験するのにノンフィクションや事実をもとにしたフィクションは導入として便利である。

すずさんの衣食住と平凡さ安寧を保つ居場所。
すずさんの精神安定をはかる絵描きの居場所。
居場所の入れ子構造?
もっかい見たい気持ちは強くあるけどしんどいのでしばらくむりやな……。

居場所を探して、居場所を与えられて、居場所を奪われて、居場所を選んでいく。
一瞬に奪われるのではない。徐々に削り取られてく。異常はすぐに日常と化す。
嫁に行って働いて禿げるほどのストレスが笑いに昇華されるのと、戦争による「よかった」探しは同じ線上に存在していて、だからあのときまで、極限に晒されていることに気づけなかったのだ。
はるみちゃんが「空襲飽きたー」って言ったところらへん、山田風太郎の戦争記エッセイを思い出した。
「空襲の多発する地域から疎開してきたので、空襲に慣れてなくて少しの爆音さえ過剰に怯えるこのへんの人間が馬鹿らしい」みたいな一文を。
麻痺する。慣れる。


周作が死なないでくれて本当によかった。
すずさんの居場所の最後の象徴を、奪わないでくれて……。
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by jinloturu | 2016-11-30 01:19 | その他 | Comments(0)  

溺れるナイフ/監督:山戸結希

ついに少女が死んだ!!


ずっとずっと少女の遺作を撮ってきた。儚い少女のゆらめく一瞬を切り取ってきた。
儚かった少女はついにその身を滅ぼした。
いや、自動詞ではない。受け身だ。滅ぼされた。少女は殺された。
殺された。「正しい男」に殺された。その正しさに殺された。



感想よりも先に作家論を書きたかった。
書きたくて書いたら作品読解になった。↓

感想を漁ると、いつもの様子とは違った。いつもよく見るのはサブカル層が山戸結希に感化されてポエムを並べ立てる姿だ。
私もその一人だった。だけど私はサブカルじゃなくてオタクなので作品分析をした……。
今回は「よくわからなかった」という感想を散見。「よくわからない」層に届くような映画なんだなって新鮮だった。
と同時に、これを見てなにもわからないの!? なにも伝わらないの!? とも思った。既に山戸信者だな私。
よくわからなくても、山戸結希の末恐ろしさは伝わっている人も多く、それは安心した。よかった、わかるんだね。



末恐ろしかった。
私は見る前から期待値上げすぎていたことはわかっていたから、序盤、展開の早さ夏芽とコウのやりとりの雑さに不安を覚えてた。このまま終わってしまう映画だったらどうしよう。
油断したね。助かるんだろうと、間に合うんだろうとどこかで思ってたよ。
少女の処女性を描いてきたから、少女が本当に今ここで死ぬなんて、思ってなかった。
死んだよ。殺されたよ。
あのレイプ犯はけして歪んだ男ではない。山戸映画においては、正しすぎるほど正しい男だ。

見たか。山戸映画の処女たちよ。
外に出た、閉塞を抜けた舞子が、しほが、りこが、どうやって死んでいくか、見えてしまった。死なないならそれでいい。だって彼らは受け入れていた、消費されることを知っていた。
……違うよごめん。死ぬことを受け入れていたね。


そこからはずっと苦しくて、服や体を掴みながら耐えて、滂沱にあふれる涙をやり過ごしていたんだけど、わかんない、どこだったかな、ラストのほう体の痙攣が止まらなくて恥ずかしかった。
とりあえず二回見たけど二回目も二度目の火祭りで痙攣した……。

そしてさっきたまたまネットでこの記事(美人ってどんな気分?美人に人生観を聞いた!)を読んだら、体が震えてきて、「あ、『溺れるナイフ』で体験した震えとまったく一緒だ」と納得した。
正しい男。女が男に消費される存在であることを一切疑問に思わず、女が性的に消費されてすり減らされるものを一切想像にのぼらせず、まさに今目の前の女の心を削ってるなんて思いもよらずただ「褒め言葉」を撒き散らす正しい男。
そうだね私たちのいる社会はそういうところよ。だから山戸映画が響くんだよ。
処女を殺された私たちの。



映画を見た直後に未読だった原作全巻読んだ。
原作の根底を成している魅力さえ引き出せれば別メディア化が成功、してなければ失敗、だなんて嘘だ。
映画『溺れるナイフ』は原作の一番の魅力を間違いなく損ねてる。
彼らが生きようともがく姿。子供時代の殻を抜け、ただひとりの人間に成ろうと矜持を捨てない姿。それは、映画、ないよね。

がむしゃらな少女少年たちの切なる精一杯とか荒々しくて止められない純情とかそういうものはある。何を措いても輝かしい生命力もある。原作の持つ痛々しさを越えようとする気概もある。
しかしその痛々しさは完全にヤマトライズされてた笑

原作ファンの不満に「コウの背景が見えない、理由付けが弱い」というのがあった。
なるほど原作読んだらコウちゃんひとりの少年だった。母を求めて母(血)の呪縛に縛られ夏芽の子宮に回帰しそして葬りたがるただの少年だった。
そしてふたりはやっと人間に成る。

映画のコウはひたすら夏芽のファム・ファタルだ。
加えて言うなら私はこのコウを夏芽の処女性の具現化だって解釈する。それは上の考察で書いた。
理由付けなんかいらない。ふたりはただひとつだった。甘くて柔い蜜月を過ごしたひとつのものだった。
充分だよ。


エンドロールで大友役の子がジャニーズって知ってちょっとびっくり。めっちゃ上手いなあ、素が。
夏芽の眉毛を見ようと前髪に触れるときの少しのためらい、緊張感の手の演技が好きだな。

主演4人ほんと凄い。
面白く生きてみせるから!!あいつの呪いにかかったままなんだな!!
はーー。
構成が洗練されてたのは脚本の力なのかなあ。(脚本の人、山戸映画批評で「正しい男」的無神経発言をするからあんまり好きではないのだが、だからこそ山戸監督がこの人に惹かれるのもわかる気がするからなんとも……)
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by jinloturu | 2016-11-08 19:39 | その他 | Comments(0)  

脳内ポイズンベリー

映画版。やっと見た。

え~~~原作再構築が雑。明らかに余計な改変とかはしてないんだけど原作のニュアンスがことごとく剥ぎ取られてる感じ。
それで面白くなるなら別媒体の醍醐味として味わえるんだけど使い古された「恋愛映画」のパッケージにただ落としこんでるだけだからなー。
その最たる部分がラストの「運命の出会い」的なオチ。
「大事なのは誰を好きかじゃない、誰と一緒にいる自分を好きかということだ」『脳内ポイズンベリー』のこのテーマ、旧来的恋愛ファンタジーへの強烈なカウンターなのわかる???
安定よりもドラマを選ぶような恋愛ファンタジーとしての「恋愛映画」じゃないんだよ、それはもう『脳内ポイズンベリー』じゃない。
なのにまたドタバタ会議始めまーす櫻井いちこのはちゃめちゃ人生始まりまーすみたいな、そのラストどうなのよ……。

いや、うん、わかるよ、オチをつけなきゃいけないのはわかる。それで冒頭と繋げたのもわかる。でもなー、あー、わかった私は水城作品が恋愛ファンタジー文脈に少しでも引っ張られるのが許せないんだ。(その意味ではドラマ版失恋ショコラティエはかなりかなり健闘してくれたので信頼してる)
「そこが一番大事」という水城さんの説明を聞いてそこだけ固めればいいやと原作汲み取ろうとはしなかったのではないか。

ロールキャベツなの!
ホイコーローのキャベツを一枚一枚はがして食べる男じゃなくて気遣わないでも作ったロールキャベツを大好きって言ってくれる男の傍にいるから自分を抑圧しないでいられるのいちこは!
食まんがとしての実に論理的な構成をね……捨てるのもったいねえな……軸が恋愛一本かあ……そりゃファンタジー入れるよな。
せっかくすき家は出てきても越智さんとの対比もなければ炒飯もファミレスもない肉だけの薄っぺらい男だな早乙女。
焼き肉の描き方はだからオリジナルとしてよかった。金の使い道の価値観ね。

しかし漫画という媒体だからコミュニケーションの戯画化コンセプトが見えるし、二次元のキャラクターデザインだからコミカルだったけど、その前提ないときっついな序盤……。
いちここれで30とか痛すぎでしょ……それでショートヘアはやっぱりキャラクター記号としてちぐはぐ感。
30ないわーの仲直りと元カノ揉めのちゃんぽんはやはり再構成雑だと思うし元カノから現カノ(いちこ)への暴言もやだなー。
女性作家は無闇に女同士を敵対化させない傾向にあり私はそれが大好きなのでそこ改変になると侮辱だと思ってしまう。

あと水城さんの台詞回しのセンス最高に鋭いのになんでいちいち変えちゃうんだろうね?鋭すぎてだめなのか??

あ、謎の女の処理はよかった。
投げっぱなしにしないで、最後みんなで戦うラスト。
あと脳内会議メンバーの掛け合いもよかったなー!
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by jinloturu | 2016-10-13 02:29 | その他 | Comments(0)  

アナと雪の女王

やっと見ました。
姉妹百合があまり好きではないので今まで放っておいたんですよね……。
結果がんがんネタバレされた状態で見たわけですが、アナとクリストフがくっつくとまでは知らなかった。
ん?? カウンターした意味なくね?? 結局ロマンティックラブイデオロギーに回帰すんの????


……と微妙な気持ちになりつつ、はいはい諦めてますよ結局異性愛なんだろ知ってるよ♡♡
一体何度私を傷つければ気が済むんだ♡
アナの氷が融けたシーンはちょっと涙出たけど。
一応ディズニーもその反省はしてる?みたいだけどね?アナ雪2次第でしょうか。
しかしエルアナの絆って所詮「姉妹だから」に過ぎないのよな。(だから姉妹百合好きじゃないとこある)

「王子が悪人だったからその愛は偽りでした」ってなるのが気に食わない。
だってそこには男女がくっつかないで納得のいく理由が存在してしまう。理由がなかったら男女でくっついて自然ってことでしょう、理由がないまま恋愛しない男女でなければ百合を引き立てることはできない。(怨念だよ)

「会ったばかりの奴と?結婚?」が思ってたよりしつこい描写で笑った。
自己批判大好き。

あと「アナは普通だ、ああ、いい意味で」「エルサも普通!」とかな。うわあマイノリティー描写だー。
しかしまたこのアメリカはクローゼットがクローゼットのままでいることを許さずオープンリーを求め、社会の益になる形にしたマイノリティー特性を生かすことでマジョリティーに受け入れられるんだな。
っていう偏見が強化されたよおめでとう。
「一人で大丈夫な人なんていない」とかな!!はは。



でも冒険譚は面白かったし、氷の城は美しかったし、簡易な描写で印象的なシーンを作り上げる演出の洒脱さはすごいと思うし、吹き替え幼少期アナの諸星さんは最高だった。
諸星すみれさん佐々木りおさん目当て……その意味でずっと見たかったには見たかったのだ。
いやもう幼女のバリエーションが多彩ってすごいな……演じ分け脱帽。しかも歌いながら。最初本当にこれ諸星さんか?って疑った。
本当にずっと雪だるまつくろう言ってて笑う。
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by jinloturu | 2016-09-16 10:13 | その他 | Comments(0)  

かぐや姫の物語

おおう……こんな、そっか……。
もう公開からかなり経ってネタバレは出尽くす限り受けてしまったのですけどまあそもそも竹取物語とのネタバレとはだけど。
いや……捨丸のところね。ぞっとしたわ。
えっそんな描き方ある?!っていう。
プロットとしてまあ青い鳥的な形で捨丸と感動の再会を果たしました踊りましたけれども月にさらわれてしまいましたの安い恋愛ドラマだって可能性としてはありだったでしょう。
しかし端からそれを蹴飛ばすテーマであって……。
「男と結ばれる不幸」をひとつずつ潰していくそして最後に捨丸のその場限りの盛り上がりと無責任さ。ご丁寧に妻子持ち。
翁も完全善意なのがまたね。

かぐや姫の声すごい意志が通って凛としていて好き。死にます。の揺らがなさ。
線は平安和風をイメージしてるのに絵柄全体で見るとかなり洗練された現代的になるのふしぎだなあと思った。
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by jinloturu | 2016-09-16 10:12 | その他 | Comments(0)  

ぼくの地球を守って CDシネマ1,2

ふと「ぼく地球いつか再アニメ化するっていうの非現実的じゃないのでは?」と啓示を得て(単なる勘)急に惜しくなったので持ってなかったドラマCD2枚を取り寄せた。

ぼく地球は私の原点なので……昭乃さんとびっくりするほど運命的な出会いをした作品でもあるので……思い入れがありすぎる。
でも何度も何度も、1年に一度はブーム到来するくらい読み込んでるから、今さらぼく地球で泣くなんて思わなかったよ……。
木蓮の最期でやられました。
速水奨さん美声すぎて紫苑っぽくはなくない?と前から思ってたけどこのラストで有無を言わさず素晴らしく紫苑だったので不満は浄化されました。


木蓮もさあ!木蓮が一番ハマり役ですよね!さすがに亜梨子と声優さん分けただけある。
篠原さんすごく木蓮だった。まさしくキチェ・サージャリアンであり美の体現である麗しき高潔処女だった。
脚本の都合上木蓮の心情が開示されずに終わったのは残念だったな。篠原ボイスもっと聴きたかった(ついでにセヴオルー、せめてロジオンパパとのエピソードが……パパ石田彰か……)し、何よりこわい。
木蓮の心理がわからなくてこわい。
えっなんで紫苑のこと好きなの?みたいな。紫苑から見ると聖母と理解するしかない意味不明さだよなたしかに。
そこでのちにお転婆跳ねっ返りという木蓮像を出せたのはぼく地球が少女漫画だったから、とは思うよね。
人間の泥臭さの描き方、この時期の日渡早紀は神がかっていたんだ……。

ラズロのエピソードもしかりで。
公式で3回も音声化してるのやりすぎだろ。どんだけ好きなの。しかしここのキャーの鳴き声が下手すぎて興を削がれる。

しかし改めて、改めて月編ほんっっと救いようねえよな……。びっくりだ鬱しかない……。
玉蘭の心情補完されたのもでかかった。まあ紫苑への嫉妬がモノローグで明かされるのは蛇足だけど、少なからず親しく思って切磋琢磨してる仲だった幼友達を「殺してやる」とまで言うんだ……。
その後死ぬまでの玉蘭ってどんな気持ちだったんだろな。
まだ深刻な事態を知らなかったとはいえ紫苑と木蓮の婚約を「俺はショックだー!」と明るく大袈裟に嘆ける迅八に転生してよかったな……ギョクは迅八に救われたと思うよ。
てゆかココに声あったのびっくりした。

母星消滅のシーン、BGMが安っぽかった(というか古くさかった?)のと繻子蘭松井さんの演技に迫力がなかったのとで緊迫感薄かった。
でも繻子蘭のモノローグはよかったな。槐との会話も!
『Moon Light Anthem』イメージビデオ冒頭は繻子蘭ひとりだったからね。
ここの「あなただったら失恋したって真実だったからと後悔なんかけっしてしない」あたりの台詞すっごい好きなの!好きなの!

「豊満な胸が早鐘を打っている」とかそんな下手な官能小説みたいな台詞速水奨さんに言わせちゃうのかーー!!と思った。
こういうので笑っていかないとレイプは本気で絶望的シーンだな……ということがよくわかりました月編繋げてみると……。
槐に罵倒されて抱き締めたくらいで拭える罪じゃねえよな紫苑が玉蘭を死に追いやったというのもあながち間違いでもなさそう。
そんな感じの……色々……。

あっ転換時の「ムーーンウェーーー」の囁きが昭乃さんだったのは思わぬぼたもち。かわいい。
ぼく地球ラストまで再アニメ化してほしいなあ。
輪役は沢城さんでほぼ間違いないと見て、木蓮はまた篠原さんがいいなあとこのCD聴いて思った。それくらい好き。
しゅ、主題歌昭乃さんとは言わないからせめてラズロの部屋にサージャリムが出現したシーンは『月からの祈りと共に』のままで……!
CDそのシーンカットされたの残念だった。
みたいな夢想が広がる。ぼく地球大好きだなあ……私の人生に染み付いてる、というかぼく地球と共に生きてきている。
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by jinloturu | 2016-07-27 12:33 | その他 | Comments(0)  

FAKE/監督:森達也

よかった!よかった!
もーう すごい森達也!!って感じ。これを期待していた。期待通りすぎた。
佐村河内問題、「なんか盲目だったか聾だったかの人がなんかゴーストライターで……」みたいな知識しか持ってなくて見始めたときあれっ待って知ってる前提で進むのかしらと焦ったけど見てけばわかってほっ。
森さんの『A』まわりの作品見て読んでたとき「あああの時代のオウム事件に対する世間の目をまず体感できていたらなあ」と思うことはたびたびあったけど、結局のところ私は疎い……まあ今回のは元々ゴシップに近づきたくないというのがあったけど。
今回も佐村河内さんに対してなにかしらを思ったことがない、いやでも「ゴーストライター雇って自身の障害を利用し付加価値つけて世間を欺いた」くらいの知識は当時耳に入れていたなあくらいの。



私は作品の演出を読み取るのが好きなので見ている最中にあーこれはこういう意図でこうしたんだなって意識無意識に思うことはよくあるけど、これ見てる最中は頭の中で森達也が「僕はこの素材をここに挟みたかった」「どうしてもこれを引き出したかったのだ」みたいなことをずっと喋ってた。私にとっては森さんは字の人なんだな。
他の作品ならば監督が観客の頭に居座るほど表に出てくるなんて失敗と言っても過言じゃないけど森さんはこれが狙いでしょうと。
だってエンドロールで初めに流れてくるスタッフが「撮影」と「編集」だよ?!ふつう裏方も裏方で裏方に徹しなきゃならないじゃないですか。
でも私は監督の狙い通り撮影が何人いたのか気になっていたので……監督と専門?カメラマン二人でしたね。
テレビかなにかの取材でそこのスタッフが「なんかいつも撮る側なので撮られるって緊張しますねー」って口走ってていい台詞録ったな!って思った、森さんが「期待通りだ」って心の内でほくそ笑んだ姿が浮かんだ。


そういうカメラという異物 ドキュメンタリーとは編集であるってことですね監督……。
フジテレビの出演依頼で、顔も名前も責任者だってことも明かしながら「けしていじったりしないですから!」って丁寧に説明するスタッフの声を背景に猫を撮すこのカット!最高!FAKE!
猫という素材もいけると踏んだとき嬉しかったろうな~。
フジテレビの人これを撮ってるカメラマンの意図不明だったろうなー映画になると一発で、ね……。
でも正直メディアの人がここまでひどいと思わなかったというか思いたくなかったよ……。こんな「普通の人」で、顔も名前も晒してカメラに撮られてると意識しながら「絶対いじりませんから」って誠意ありそうな説明をして、それであれかよ……。
バラエティー番組ほとんど見ないからあんなグロいことやってるの初めて見て面くらった。佐村河内さんバッシングどころか難聴者全般差別……テレビが差別に満ち満ちていることくらいは知ってたけども……。
企画説明書もすごいですね。「バッシングを笑い飛ばし」って勝手に佐村河内像を作ってるの。こええ。
本人が出演依頼を受け入れていればましになっていたという森氏の説明。何故なら出演者をどう料理するかコンテンツ化しているから。


映画冒頭「今からカメラ入れます」で導入し、エンドロール後に「いいシーンが撮れました」を挟む。
繰り返されるこの「ドキュメンタリーは作り物だよ!」って訴えでなにが浮かび上がるかってふたつあって、ひとつは我々大衆のゲスさなんですよ……。

最初に「新垣に取材を依頼したが断られた」と画面説明があったとき、瞬間、私「後ろ暗いところがあるからなのかな」って思ってしまったのよ。
そして直後、新垣さんの声を知りもしないのに話を作っていたことに気づいて情けなくなった。それを指摘された。
新垣さんのサイン会で直接会って「あー森さんでしたか! 僕も一度お話したいと思ってたんですよ!」と交流し(戸惑いはちらと見えた、かもしれない)、並んで動画を撮り握手して、「今度正式に取材申し込みます」、のち。
「取材は新垣の事務所から断られた」。これ完全作為的文字列だよね……事務所から……。

もうひとつは、少なくとも森監督のドキュメンタリーとは信頼なんだなあってこと。
撮影期間が進むにつれて、佐村河内さんがだんだん心を開いていく様子が見て取れる。
最初は頑なに「ひどい嘘をメディアに流された」と怒っていた佐村河内さん、つまり、自分をわかってほしいのに全く聞き入れてもらえない「悲しみ」。
それで、徐々に打ち解け、別のマスコミの人が帰ったあと「あー疲れた、森さん煙草吸いましょう」ですよ。森さん側の、つまり別のメディアの人間のカメラに向かって。
それでも「森さんは私が聞こえないって信じてくれてるんですか」と問い、「信じなきゃ撮ってませんよ」と熱い言葉に感動したにもかかわらずそのあと森さんが「心中ですよ笑」と付け足したとき「え、なに?(かおりさんに向かって翻訳してと頼む)笑われると怖いんですよ」と不信感も吐露。
すごいよね……400人いた友達が一瞬で掻き消え……佐村河内さんの父親もこの人だけはという親友すら離れていったとか……。
そして最終的には
森「僕のこと何%くらい信じてます?」
佐「全部です」
これらが撮影順だったかどうかは知らないけれど。

煙草もメタファですもんね。
「映画作り終えるまで煙草やめます」って宣言したときあれ「あーこの台詞演出として使う魂胆で出てきたんだな」って思ったもの。なんだっけ、別のドキュメンタリー取材で煙草の小道具化について語ってたような。
信頼関係づくりとしての煙草、そして、信頼関係からくる禁煙宣言。
驚く猫。かわいい。

かおりさん、初めはきょうだい?妻?サポーター?介助者?って関係性不明だったけど、どうやら妻らしいと。専業主婦なのかな? 生活は貯金からなのか。
右手にはめた指輪。
ずっと、横で甲斐甲斐しく通訳して、取材陣をケーキでもてなして。
本当になんでもないという顔をして淡々と雑事をこなしてるんだけど、終盤明かされる、週刊紙から発覚した当時の話。
「離婚は当たり前だと思ってた。佐村河内という姓から切り離すべきだと……」
うわっ……。そっかその氏そっか……と思って……。その後の会話、質問、返答にこの夫婦の間にどれほどの……どれほどの愛があるのかと……。かおりさん知らなかったのか……。
ラストの指輪もそりゃ光る……。


ラスト、作曲している佐村河内さんをひたすら無言で撮しつづける、つまり、観客に映画の消化をさせるパート。曲、ここまで作れるものなんだねえ……。
私はひたすら「森さんに信じてもらえてよかったなあ」と思っていた。思っていたよ。
オウムもずっと世間に対して風評被害を訴えていて、しかし彼らの属する団体は取り返しのつかないことをやらかしているからね……分が悪すぎるし団体としての責任も理解していたのかという。
そしてそれを森さんは肯定も否定もせずにただ眺めていた。
今回の問題は、それよりと随分軽いからね、「信じなきゃ撮れない」と言うよって。
でも白黒つけない、もといつけられないから、「いくら共作と主張しても新垣氏が自分の手柄だと言いたくなる余地があったのでは?」という米雑誌の見解も入れる。
この、はっきりしない曖昧なニュアンスこそ、取り出してくれると思っていたよ。期待通り。
そして締めくくる「FAKE」の質問。


この映画が渋谷を拠点に公開されたの、作為はなくとも、面白いなと思った。
渋谷あちこちカメラ回ってるからね。機材持ってうろついてる人インタビュー受けている人写真を撮っている人。今日特に多かったような?

聾者かつ聾サポーター?である前川さんという方が出てきて、その方がマスコミの難聴誤解についてブログで語っているらしいと映画内で言ってたので検索してみたらあった。
感音性難聴の認識について

あとこの記事面白かった。
新垣隆の売名が酷過ぎる
映画見ててじゃあどういうことでどういう流れがあってどうしてゴーストライター雇ったりしたの?って湧いた疑問に答える記事。
森さんが撮りたいのはそこではないからね。オウム問題のときもそれで他の文献調べようと思ったんだった……。
まあこれも前川さんの切り抜いた言葉ではある、そういうことを映画は言いたかったんでしょうけど。米雑誌の取材で「なぜ騙してた?」という質問に「痛い核心を突かれたなあ」と笑う佐村河内さん。答えはカットされ。


しかし日本語字幕バージョン流さないのかなあ……。

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by jinloturu | 2016-06-26 22:36 | その他 | Comments(0)