男同士の絆/イヴ・K・セジウィック

むずかしい……なにがむずかしいって、噛み砕くと「~~なのではないかと考える。この場合こういう反論が考えうるけどそういうことじゃなくてもっとこうこのへんの話が私はしたいからあそこらへんに取っ掛かりがあるんだろうなーとおぼろげながら思ってる」って、終始こんな感じで文が進んでるから。
議論に対する誠実さを求めた結果主張が曖昧に行きつ戻りつして、主張の結論を出さずに議論の展望のみ語るのでわかりにくいんですね。イギリス文化と文学からきし知らんし。
でもがんばって読んだ。面白いから。

面白いんですよ。最近フェミニズム入門書をいくつかぱら読みしてたんだけど別に私入門書いらなかった。学問が知りたかった。

簡単に背景を調べたところ、レヴィ=ストロースの、「血を存続させていくために近親相姦を忌避する、そのロジックとして血の再生産役割である女を共同体から代謝していく」という女の交換論をフェミニズムから分析した先人たちが幾人かいて、それをさらにホモソーシャルという文化のなかに読み込んで考えたのがこのセジウィックの『男同士の絆』ということ。(間違ってるかも)
「男性同性愛はミソジニーすなわち女排除の究極形態だ」という俗説を否定し、ゲイと女性の権利獲得活動を接続しようとしたと。
でも結構ゲイカルチャーって血再生産のための女体すら必要としてないから究極ミソジニーを温存してるとこあるよね……っていう実感はさておき。


いちばんおもしろかったのは、「近代社会においてなぜホモソーシャルはホモフォビアを内包しているか?」分析。
古代ギリシャなんかのホモソーシャルは少年愛文化が存在した。(日本の男色文化もそうよね)
だからホモソーシャルはそれそのものがホモフォビアを要求するわけではない。
しかし、近代(イギリス)社会においてはホモフォビアは必然的に必要とされた。なぜか。
「家父長制やそれに準ずるホモソ社会を維持するために、最小限の力で最大の効力を発揮する、男たちを統制する機能の役割、それがホモフォビアだったから」。

よく観察すると、ホモソーシャルが称揚する男の絆と、ホモセクシュアルな男の関係は非常に似ている。ていうかほぼ同じ。
似ているがゆえに、ホモフォビアはホモソーシャル統制に最大の効力を発揮した。
ホモセクシュアルだと指摘された途端に男はホモソーシャルの階級から落下する。
ホモソーシャルは、たまに気まぐれにホモセクシュアルを弾圧し、”いつその関係がホモセクシュアルだと指摘・断罪されるかわからない”状態をつくっておかなければならなかったのだ。
そうすることで、「ホモだと見なされないように振舞わなければならない」とつねに男を脅かしつつけ、ホモソーシャルを維持していくことができる。

……それだ!!!!!
もう、なるほどなーそれだーーーって感じ。
で、家父長制維持に必要な異性愛は、「ホモだと見なされないように」という隠蔽のために選択されると。
ご、合理的だ……というか便利すぎるだろホモフォビア……。
私は、例えば、ホモソ的な作品のなかで男たちが男らしさを確認したときの軽く拳をタッチしあう儀式が嫌いなんですが、今まで私はそこに「ホモセクシュアルが抑圧された姿」を読み取っていた。
言葉を交わさないで通じ合う(と思い込む)、感情を表情にあまり出さないようにする、男らしさを確認したときだけ最低限のふれあいが許される。いや触れろよ! 体全部で感情を表現しろよ抑圧するなよ! と思ってた。
しかしセジウィックはそれを、「むしろ推奨すべきホモソーシャルの絆と忌むべきホモセクシュアル関係というダブルスタンダードがあらわになる瞬間」だと言う。
ほほう……。


「女の交換論」については文献を遡りたいな。
男の絆を深めるのにどうして女が貨幣として交換されねばならないのか、実はよくわかってないなと思った。
ホモソーシャルは女を外縁化する。至上の男だけの絆を作りたいのなら単に女を排除するだけでいいのに、「寝取られ男」にさせられる危険性を冒してまで、異性愛をする。
ここもよく意味がとれなくてわかんなかったのよな……。なんで危険を冒してまで女を取り込むか。
シェイクスピアのソネット集分析は明快だった。
血の再生産のために相手の男の異性愛を望むが、「女」が実在性を帯びるようになると今度はホモソーシャルが破壊される恐怖にさらされると。
女が介入すると、男のあらゆる挙動について「女が現れたせいで堕した」とすべて女に責任を課すことになる。だからホモソーシャルが破壊されると考えてしまう。考えることになってしまう。
でもここも、そもそもなんで女が潜在的にホモソーシャルを破壊する脅威になりえているのかがぴんときてない。
女はホモソーシャルを破壊する恐怖になるか? 女は男を支配できないのに?(それを前提だと考えるからぴんときてないことはわかる)
もうちょっと読み込もう~。
これの補論的なその後の議論って体系化されてないのかな。見当たらず。
ジラールの「欲望の三角形」あたりもいくかー。

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by jinloturu | 2017-02-27 03:29 | エッセイ・評論他 | Comments(0)  

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